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と、そこへ新たなお客さんの来訪が告げられた。
ラオシェンが招き入れるので入ってきたその人を見て、俺はちょっとびっくりした。
それは、親衛隊の中でも今年入隊したばかりの新人で、ニャンレイという。
新参者同士気が合うので、武芸の稽古のときは何かと一緒に組んだりしていた、気持ちの良い青年だった。
歳はまだ十七歳で、もちろん最年少。
でも、何で彼?
「お呼びと伺い参上いたしました。……父上っ?」
儀礼に乗っ取って戸口で礼をして顔を上げたニャンレイの反応に、俺の方こそびっくりした。
ニャンレイが食い入るように見つめる先は、イェルイだ。
に、似てねぇ親子……。
ニャンレイは訝しげに眉を寄せ、それからラオシェンに視線を向けた。
レンシェン様とイェルイが従兄弟なのだから、ニャンレイとラオシェンはさらにその下の代で、又従兄弟に当たる。
まぁ、だいぶ遠いけれど、一応王族なわけだ。
一般市民だと思ってたけど、人は見かけによらない。
「何故、父がここに?」
「今回のユウ様誘拐事件の首謀者との疑惑が持たれています。心当たりはありませんか?」
「……いえ。最近は父に会っていませんでしたから」
知らされて、そんなはずはない、と抗議するのが息子というものだと俺は思うのだけれど。
ニャンレイはただ、ため息とともに首を振っただけだった。
それから、父親に呆れたような冷たい視線を向けた。
「まだそんな馬鹿なことを考えていたんですか、父は」
まだ、ということは、以前も何かをやらかしたということだろうか。
ニャンレイの反応には親子の情が感じられなかった。
そして、ニャンレイはさらに、突き放した台詞を言い放つ。
「ユウ様にご迷惑を掛け、国民すべてを危機に晒した罪は、許されるものではないと思います。どうか厳正な処分をお願いいたします」
「父を助けて欲しいとは?」
「思いません。こんな父でも、私個人は特に恨んだり憎んだりといった感情もありませんし、命を奪われるのは悲しいです。ですが、父の成した事は父の命を持って償うより他に償う手立てがないように思います。犯した罪にふさわしい罰をお与えください」
この父を持つ子とは思えない台詞なのだけれど、そこまで息子に突き放されてしまうのもなんだか可哀想な気もする。
まぁ、王としては、処分するしかないだろうけれどね。
息子がなんと言おうと。
ラオシェン自身は、とうに腹も決まっているのだろう。
なるほど、と頷くだけの反応だった。
それから、今度は叔父に視線を向ける。
「母上。どうしましょう?」
「ラオシェンに任せるよ。俺自身は、この人の顔を一生見たくない」
「わかりました。では……」
「ちょっと待て。私は無関係だと言っていよう」
大慌てで待ったをかけるイェルイに、ラオシェンは言葉を切った。
そのまま判決を下しても良かったと思うんだけれどね。
専制君主制の王様なんだから、権利は十分にある。
俺様が法律だ、っていうのが許されるのが王様だし。
まぁ、民主国に育った叔父に育てられた人だし、人の意見を尊重する精神が宿っている王様だから、そんな絶対的な力を振るうことはないんだろうけどさ。
「ほう。では、弁明をどうぞ」
「だから、私は何も知らない。無関係だ。無関係なのに弁明も何もあるわけがない」
「では、オロイリの族長殿の証言は無効だと?」
「当然だ。顔も見たことがないぞ、私は」
「じゃあ、どうしてオロイリのみなさんは、お宅の別宅をご利用だったんでしょうね」
「それは、トウレンといえば遠見の滝から一番近い別荘地で、私の別荘は一番端にあるからな。偶然だろう」
「誰も、トウレンの別荘とは申し上げていませんが。良くご存知でしたね」
ラオシェンの突っ込みに、さあっと顔が青くなるのがわかった。
すばらしい引っ掛け。
「それと。関所の管理官に、オロイリ族三十二名の入国を覚えていた者がいました。入国管理帳にあれだけの団体が記帳されていないのはおかしいと。その日の管理責任者が、イェルイ殿だったそうです。
これだけ証言が揃っていれば十分かと思いますが、まだ申し開きがありますか?」
ラオシェンって、裁判官の立場だけれど、検事としても十分だと思うね。
さすがに、そこまで突っ込まれれば後は黙秘権を行使する以外に無く、この裁判に黙秘権ははっきり無意味だから、抵抗の余地なし、ってところだ。
「後日、処分を申し渡します。親衛隊。イェルイ殿を地下牢へ引き立ててください」
戸口警備をしていた親衛隊の二人が、呼ばれて近寄ってきて、がくりと項垂れたイェルイを両側から押さえ込み引きずっていく。
見送って、ラオシェンはニャンレイを見やった。
「ご足労をかけました。貴方は誇りある親衛隊の一員として立派に職務を果たしてくださいね」
父のようにならないように、貴方には期待しているから。
それが、ラオシェンの言葉の真意なんだろう。
ははっ、とニャンレイは畏まった。
まったくショックを受けていないわけではないだろうけれど、それを顔に出さずに振舞う姿は、なかなかカッコ良かった。
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