30
親衛隊の仕事は終わったけれど、俺たちの仕事はメインイベントが残っている。
イェルイの処分だ。
幸い、捕虜としたオロイリ族の族長は、作戦が失敗した時点でイェルイを庇う価値を無くした様で、あっさりと黒幕を白状してくれたから、この証言こそが動かぬ証拠として成立する。
なにしろ、俺が今の守り神であることすら知らなかったような、この国の情勢に疎い人が、イェルイという王族でも末端の人間の名前など、知っているはずがないのだから、証拠の効力としては十分だろう。
本来関所の街にいるはずのイェルイは、何故か王都の自宅にいて、召集に応じるのは早かった。
応じなければ役人が家まで押しかけてきて連れて行かれるのだから、抵抗するだけ無駄なので、その辺の無駄なあがきは彼もする気はなかったらしい。
まぁ、そう簡単には容疑を認めるつもりもないようで、当然のようにしらばっくれたのだけれど。
「善良な一市民に謂れのない罪を押し付けようとは、王としていかがなものでしょうねぇ」
初めてその声を聞いたけれど、ラオシェンやリャンチィと本当に親戚なのかちょっと疑わしい、嫌味な口調が耳に障る。
それは、謁見の間での尋問で、もちろん尋問するのは王であるラオシェンだった。
傍らに、今回の被害者である叔父がいて、俺はちょっと離れた所に同席させてもらった。
完全な傍観者。
そこに、レンシェン様がオロイリ族の族長を連れてやってきた。
族長には、この国の鳳王の本当の立場を説明してある。
この民族は神々によってこの土地から離れられないよう縛られていることも、鳳王はその王一人に仕える者であって、力ずくで奪っても鳳王としての効力は発揮できないことも。
だから、話が違う、と憤っている族長は、そこにいたイェルイにキツイまなざしを向けた。
族長の扱いについては、捕虜ではあるが、自国の部下管理不行き届きが原因でもあるから、今回は咎めだてせず、賓客として迎えて無事関所を出ていただこうということになった。
だから、今はもう、縛られていない族長は、イェルイに歩み寄ろうとしていた。
その行動が族長としての威厳を損なうと自制がかからなければ、きっと掴みかかっていただろう。
「貴様、騙しおったな」
「……どちら様でしょう?」
とぼけるなら、ここで族長に反応するわけには行かず、イェルイはいっそ小気味良いくらいの無関心顔を見せた。
さすが、国民すべてを巻き込んだ八つ当たりを実行に移すだけの度胸は感心に値する。
けれど、誉められたことではないよね。
潔く罪を認めれば良いのに。
俺が呆れたのと同じように、叔父も呆れたらしい。
深いため息をついて、おもむろに口を開いた。
「マチを殺した罪は、証拠が無くてお咎めなかったみたいだけど? 俺は自分の殺人犯を救ってやるほどお優しくないんだよね」
俺はといえば、はっきり驚いていた。
レンシェン様の鳳王、マチ様といえば、確か流行り病で亡くなったんだよね?
病死だ、明らかに。
けど、叔父の言葉には少しの戸惑いも無かった。
「あれでいて、俺にとっては大事な従兄弟なわけよ。たった三年で流行り病でぽっくり逝きましたって言われて、簡単に納得できないよね。あいつ、体力だけはあったんだから」
「何をおっしゃるかと思えば。マチ様は病死なさったはずです。どうやって殺害するというのですか」
「あのね。この王宮に、流行り病がどうやって入ってくるのさ。
ソウ様があんな亡くなりかたしたから、マチは過保護にされてたはずだよ。流行り病の蔓延していた街に出してもらえるわけないよね?
あの時、王宮に出入りしていた人間で流行り病で死んだのはマチ一人。どこからもらってきたのさ、その伝染病」
あ。
言われて気付くなんて、俺も察しが悪い。それはその通りだ。
流行り病というくらいだから、空気感染かなんかで流行したはずで、その病気にかかるには病原体に触れる必要がある。
周りに病原体を持っている人がいなかったのに、どこからもらって来れるというのか。
「唯一、貴方が紹介した庭師が、病気にかかってたんだってね。一日だけ勤務して次の日には病に倒れて戻ってこなかったって聞いた。
貴方の奥さんの血筋だって話だったけど、該当する人も見つからなかったとか。どこから連れ込んだの?その人」
なるほど、庭師なら滅多に人に会わないし、特定の人が庭に現れたときだけ近くに寄るってことも可能なわけだ。
そういう風に見ると、確かに陰謀らしく見えてくる。
でも、結果としては病死なんだから、罪を問われることもない。
すごい完全犯罪かも。
そこに、特効薬のない伝染病流行、っていう偶然がない限りは企めない犯罪ではあるけど。
「そんなにも私が憎ければ、直接私を相手にすれば良いものを。マチといいユウといい、何故周りを狙うのだ。それも、わざわざこの時期に、何がしたかったというのか。そなたの成すことはさっぱり意味がわからん」
それを言ったのは、レンシェン様だった。
すでに、ラオシェンですら入れない話になっていた。
叔父もレンシェン様も、マチ様病死の頃に当事者として関わっていたのだから、その二人が糾弾する立場になるのも当然の成り行きなんだろう。
他人の手を介在させて巧妙に仕組むあたり、父親よりたちが悪い。
二十年前は、直接の死因は確かに病死であるし犯罪である証拠も出せなかった上、今更どうにも出来ない。
けれど、今回は有効な証人も得たことだしね。
償っていただきましょう。
[ 30/61 ][*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]戻る