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相変わらず、外は掛け声と剣を交える音で騒がしい。
こちらは音を立てないように軽装で来ている。
せめて皮の鎧を着てきただけだから、長期戦に耐えられるわけではない。
早く終われ、と俺は祈る思いで外の音を聞いていた。
「シン」
俺の側で大人しくしていてくれた叔父が、俺に片手を差し出す。
手が上向きだから、何かを寄越せということなんだろうけれど。
「ダメだよ、ユウ。イェルイの目的は貴方なんだから。レンシェン様の一番のお気に入りになんかしてやろうっていう、実に低レベルで腹の立つ嫌がらせ、でしょ?」
「あぁ、やっぱりイェルイか」
「わかってたの?」
「いや。わざわざこんな辺鄙なところに、わざわざ草原で一番勇猛かつ残忍と言われる部族を、わざわざ呼び寄せる悪趣味かつ傍迷惑な馬鹿は、この国ではあいつしかいないでしょ」
うわぁ。叔父さん、容赦ない。
ってか、草原で一番勇猛かつ残忍、って。
「大丈夫かな? 外」
「親衛隊全部隊で来たんでしょ? だったら大丈夫さ。数で負けてないから」
部隊構成なんて俺は一言も言ってないんだけどね。
想像すれば他にあり得ない、ってことなんだろう。
その判断は実際俺たちが起こした行動にピタリと合致していた。
さすが、国王を育て、国を中心から眺めていただけのことはある。
そんなことを話している間に、外はどうやら納まったらしい。
馬車の後ろから聞きなれた声がかかって、幕が開けられた。
ラオシェンが、頬を血で染めたままで、そこにいた。
「あぁ、母上。ご無事で何よりです」
どうやらラオシェン本人には傷はないようだが、暴れまくったおかげで服は着崩れ土埃まみれで、ところどころ返り血を浴びているものだから、なかなか危険な格好をしているのに、本人は気付いていないらしい。
戦争や紛争とは無縁の育ちをしている俺も叔父も、その姿に、わかってはいたものの一瞬引いてしまった。
はっと我に返ったのは、叔父が先。
「ラオシェンこそ、無事なの?それ」
「えぇ、かすり傷一つありません。大丈夫ですよ」
血が乾いてごわごわしてきたのか、頬を手の甲でこすりながら、ラオシェンは実にさわやかな笑顔を見せる。
と、そのラオシェンを横から押して、リャンチィが姿を見せた。
「シン様。ご無事ですか?」
いや、っていうか、馬車の中は安全だって。
「……状況は?」
「こちらは数人怪我人が出た程度です。敵も二人はやむなく死亡しましたが、後は捕虜として捉えました」
俺の知りたい情報を的確に教えてくれるところ、リャンチィと俺って、けっこう以心伝心だよね。
うん。良い相棒だ。
外では、捕虜を縛り上げて帰り支度をしているところだったらしい。
今度は親衛隊長が現れて、敬礼をする。
「帰還準備完了しました」
あっという間の救出劇は、あっというまに撤収となったらしい。
そう確認して、俺はふと気付いた。
「ユウ、みんなに無事な姿を見せてあげようよ」
「……え?」
それは、そういう発想をしなかったという意味?
「みんな、ユウを助けるために命張ったんだから、労うのは当然でしょ?」
同意してくれたのはラオシェンで。
息子と甥っ子に促されて、叔父も納得したらしく、自分から動く。
メイトウが従おうと身体を浮かせたのを、片手を差し出して押し留めて。
俺と叔父が揃って馬車を降りると、それぞれに仕事中だった親衛隊の面々は、その場で手を止め、俺たちに視線を集めた。
注目を浴びるのは慣れているし、相手は毎日武芸の稽古で顔を合わせる見知った面々だから、みんなの晴れやかな表情を見るとほっとする。
隣で、叔父はみんなの顔を見渡し、いつもの人懐っこい笑みを見せた。
「みんな、ありがとう」
途端に起こった歓声は、隣にいた俺がびっくりするほどのものだった。
注目を浴びているのを良いことに、ラオシェンもやってきて、全員に告げる。
「さぁ、帰りましょう」
その後の、みんなの行動は実に早かった。
怪我人は馬車へ、怪我人が乗っていた馬や敵の馬は捕虜として捕まっていた面々が引き継ぎ、俺はリャンチィが引き受けた馬に一緒に乗せてもらう。
捕まえた捕虜は、こちらが捕虜として捕まっていたときと同じく、縄で繋いで馬車の後ろに引き立てて。
意気揚々と凱旋する一行を、祖国を渡る優しい風が迎えていた。
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