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 目が覚めたら、そこがどこだかわからなかった。




 確か昨夜は、最近発売されたゲームもただただレベル上げに終始し、疲れた〜と思って、テレビも電気もつけっ放しで寝たはずだ。

 深夜の2時を回っていたところまでは覚えている。




 で、ここはどこなんだか、さっぱりわからなかった。




 目の前に見えるのは、天井ではなかった。布張りの屋根。それに、そこから垂れる薄い布。

 天蓋、とかいうヤツか?

 布越しに周りを見回せば、随分広い、しかもごてごてと装飾が施された、西洋風の部屋だった。
 その部屋のど真ん中に、デン、と置かれているのがこのベッド。
 右を見やれば、そちらはテラスになっているらしく、窓の向こうには青空が見える。

 反対側には、両開きの扉があった。飾り彫りの施された、それもまた豪華なヤツ。

 テラスを眺められるように置かれた丸テーブルと四脚の椅子も、実に豪華だ。
 ふかふかのクッションが座面と背もたれに配置されている。

 その丸テーブルの上に水差しとガラスのコップが置かれていて、それを見た途端、喉の渇きを自覚した。

 ここがどこだかは知らないが、まさかどこだかわからないこんな場所に飛ばされた途端に、毒入りの水差しを用意されるとは思えないし、まぁいいか、と思う。

 思ったので、羽根布団らしい軽くてふかふかの布団をめくった。

 自分の姿を見下ろして、またも驚いた。

 これって、ネグリジェとかいうヤツじゃねぇ?

 なんでこんなファンシーなモン着てるんだ、俺は。
 しかも、レースひらひらで鬱陶しい。

 っていうか、こんな場所にいる時点で、覚悟しろよ自分、って突っ込む余裕も出来てきたんで、こうしていても仕方が無いし、自分のベッドの優に三倍はある巨大なベッドから、ずりずりとずり落ちた。

 こんな経験滅多に出来ない。が、出来れば一生したくなかった。

 水差しには、氷がふんだんに入れられていて、小春日和、って感じのうららかな陽気にもその冷たさを失ってはいない。
 コップに移して飲んでみたら、少し柑橘系のすっぱさを感じた。
 渇いた喉に、素直に入っていく。

 ふぅ、と満足の溜息をつき、テラスから外を眺める。

 見えるのは、石積みの城塞と、その向こうに立ち並ぶヨーロッパ風の石造りの建物。
 多少の差はあってもほとんどがオレンジ色の瓦を屋根に載せていて、さらにそのずっと先に見える山の緑とあいまって、なかなかキレイな風景だ。

 だが。

「ここ、どこ?」

 今、差し当たっての俺の疑問。




 俺の名は、高杉晋作。

 はい、そこ、笑わない。
 幕末の偉人の名前そのまんまだけど、これでも親が悩んで考えて付けてくれた俺の名前だ。

 身分は、大学生。
 しかも、かなりの不良大学生。

 そもそも、深夜の二時までゲームに明け暮れて、授業は午後からしか出ないし、夕方になればさっさと学校を出てバイトに精を出す、そんな大学生らしい生活なんだから、不良で間違いない。

 良いんだよ、別に。
 親は、大学に入ったことで満足してるんだし、うちの家計は別に俺一人の学費くらい、屁でもないんだから。

 大体、俺の学費以外に金の使い道が無くて困る、とかほざくんだから、ふざけんな、って感じのお家事情だ。
 そう思うなら、旅行でも何でも連れて行けよ。

 俺の趣味は、バイクと写真。バイト代はその趣味にすべて消える。

 月に一度は必ず、自慢のライカを片手に景勝地へドライブに出かける。
 風景写真が好きでね。
 仕事にしたいくらいなんだ。

 でも、大学はまったく関係の無い文学部。
 カメラ仲間もバイク仲間も学内にはいない。
 高校でもいなかったし、だから趣味で話の合う仲間もいない。

 まぁ、別に馴れ合う気も無いしね。
 適当に学生生活が送れる程度の友人関係で良いんだ。
 俺、別に社交性は劣っているわけでもない。

 そんな平凡な生活を送っていた俺を突如襲ったのが、こんな状況で。

 何でこんなことになったんだろう。

 思わず頭を抱えてうずくまる俺だった。




 背後で、チャッとドアを開ける軽い音がした。
 途端、フローリングの床を、人が走ってくる音が近づいてくる。

「********!?」

 何かを話しかけてくるのだけれど、何を言ってるのかさっぱりわからない。

 っていうか、それ、何語?

 一応、英語とドイツ語なら日常会話程度に使えるんだけど、さっぱり意味が通じなかった。
 ニュアンス的に……中国語系かな?

 びっくりして彼の顔を見つめてしまった俺に、彼も押し黙って見つめ返してきた。

 身なりから見て、多分使用人の立場だろう。
 側仕えとか、そんな役職なのかもしれない。
 年の頃は十四、五歳くらいで、明るい栗毛に鳶色の瞳、頬が赤みを帯びているその感じから、白人種だとわかる。

 もしかしたら、言葉が通じないことを、向こうは知っているのだろうか。
 次に彼の口から出てきたのは、俺もわかる言葉だった。

「主人、呼びます。少し、待て、ください」

 え? と思う暇すらなかった。
 目を見開いて彼を見返せば、赤かった頬をさらに赤く染めて、小さく会釈し、立ち上がってタッタッと部屋を出て行く。

 その立ち上がる姿を見送って、自分がしゃがみこんでいたことに、そして、彼もしゃがみこんで目線を合わせてくれていたことに、気がついた。

 もしかして、具合が悪いと思って心配したのだろうか。

 だとしたら、悪いことをしたな。





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