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 王宮の中庭に戻ると、空を飛ぶ俺を見つけてくれたらしく、ラオシェンとリャンチィが会議室から飛び出してきた。
 無事を喜んでくれる彼らに、笑って、ただいまと声をかける。

 それにしても、矢で射られた右のわき腹が、じくじく痛む。
 手提げかばんを肩にかけて、どうなっているのかわからないけれど変身する前のまま無事な服をまくってみれば、服は無事だけれど、皮膚に赤い痕が残っていた。
 切れたわけではないようで、血も出ていない。
 この痛み方は、内出血しちゃってるのかもしれないけれど。

「シン様。この傷は一体……」

 痛みで思わず眉を寄せながら傷を確認している俺に、同じ場所を見てリャンチィは心配そうな声で確認してくる。
 心配させるほどのことではないから、俺は軽く事実を答えた。

「矢で射掛けられちゃって」

「見つかった、と?」

「獲物として狙ったんだと思うけど」

 ま、血も出てないし、放っておいて大丈夫でしょう。

 それよりも、見てきたことを知らせなくては。

「奴ら、こっちに向かってるよ。親衛隊の皆も無事、捕虜として捕まってる。
 トウレンのイェルイの別荘に今朝までいたらしくて、ひづめの跡とか馬車の轍とかが残ってた。そこから、街道を避けてまっすぐ来るつもりらしい」

 多分、刻限である三日後に間に合わせるための出発だろう。
 あと二日しかないんだから、その約束の時刻にここにいたければ、向かっていてしかるべきだ。

 なるほど、とラオシェンは腕を組む。

「作戦を立てましょう。シン様は少しお休みください。お疲れでしょう?」

 おや、肩で息してるの、バレてたね。やっぱり、ラオシェンは侮れない。

 親衛隊長の名を呼びながら会議室に戻っていくラオシェンを見送って、俺はリャンチィに目を向けた。
 咎めるような視線にぶつかって、肩をすくめる。

「……ごめん」

「仕方ないですね。ともかく、手当てしましょう。お腹はすいておられませんか?」

 深い深いため息をつかれてしまって、俺は何も言い返せず、ただ首を振る。
 心配させてしまった自覚はあるし。
 そうですか、と頷いて、リャンチィはそれから、今更ながらに深く腰を折る。

「おかえりなさいませ。ご無事で何よりでした」

「うん。ただいま」

 無事じゃないけどね。とりあえず、生きて帰ってきたし。

 おかえり、と言ってもらえるのが、すごく嬉しかった。
 ここが俺の帰る場所って、認められてる感じで。

 王宮仕えの侍女の人に救急箱を持ってきてもらって、会議室は忙しそうだし、隣の昼食を食べた部屋でリャンチィに手当てしてもらう。
 切れてはいないけれどじくじく痛むのは、それもそのはずで、風圧による摩擦で火傷っぽくなっちゃってたんだ。

 リャンチィの指で直に軟膏を塗ってもらう。
 それは、治療のためなんだし、他意はないはずなのに、何しろわき腹は俺の弱点で、背筋を悪寒のようなものがぞくぞくっと走り抜けた。
 思わず色っぽい声が出そうになって、慌てて口を押さえる。

「痛みましたか?」

 俺の反応を、痛みと勘違いしたらしいけれど。
 ふるふると首を振るのが俺には精一杯。

 ガーゼを当ててさらしで巻いて固定する。
 ぎゅっと縛らなくちゃほどけてしまうから、少しくらい痛くても我慢していたんだけど、その間リャンチィは俺に何度も具合を聞いてくれて、ちょうど良い締め具合にしてくれた。

 気遣われてるなぁって、実感する。
 大事にされている、その理由が個人的なものなのか鳳王に対する義務なのかは知らないけれど。

「私は会議に戻りますが、どうされますか?」

 救急箱を片付けながら問われる。
 俺は服を治しつつ、ほとんど何も考えずに頷いた。

「行くよ。出陣の時には先導役で出ないといけないしね。実際見て確認したのは俺なんだから」

 そこは、否定するところではないらしく、リャンチィも簡単に頷いて、俺に手を差し出した。
 その手を借りて、椅子から立ち上がる。

「ねぇ、リャンチィ」

「はい」

「剣二本持って、俺の背中に乗って。多分、ユウは荷馬車に乗せられてるんだ。奇襲作戦で行かないと、無事救出できるかどうか難しい」

「それを、私とシン様でお助けするということですね?」

「そう」

 こくっと頷いて、リャンチィの判断を待つ。
 こればっかりは、俺だけでは戦力的に不安で、彼が納得して手伝ってくれなくちゃ作戦自体成り立たないんだ。
 頷いてくれなかったら、もちろん説得はするつもりだけれど、強く出られる自信がない。

 けれど、そんな不安は杞憂に終わったらしい。
 少し考えていたリャンチィが、頷いてくれたんだ。

「わかりました。お背中をお借りいたします」

「反対するかと思ったけど」

「確かに、馬で駆けつけてお助けするのは難しいと思いました。シン様であれば、直接荷馬車に飛び込めますよね?
 それに、シン様の武術の腕は存じております。そこらの兵士よりずっとお強い。
 反対するより、ご助力願う方が正しいと判断しました」

「良い判断だ」

「ありがとうございます。けれど、だからといって無茶はなさらないでください」

 リャンチィが心のそこから心配してくれているのはわかるから、俺は当然のように頷いた。
 無茶なんてしないよ。
 俺はそもそも一般人で、ちょっと武芸に秀でているだけで実戦経験もないし。
 弱っちい日本人一般市民なんだという自覚はある。

「では、参りましょうか」

 どうぞ、と手を引いてくれるのにしたがって、リャンチィの一歩後ろを追いかけた。
 つないだ手が暖かくて嬉しかった。

 会議室では、すでに役割分担を決めているところらしい。
 さっき打ち合わせた内容をリャンチィが代わって話してくれるから、俺は空いた席に座ってちょっとだけのんびりする。

 疲れはまだちょっと取れなくて、貰った氷水入りのグラスを両手で持って、中身を舐めながら、ぼやんとしてしまう。

 傍から見てると、良いコンビなんだよね。
 ラオシェンとリャンチィ。
 歳も近いし、気が合うんだと思う。
 あの二人の間には、俺も入っていけない。
 ちょっぴり嫉妬してしまうのだけれど、どっちに?というと、どっちだろうね。
 その仲の良さに嫉妬しているだけで、どちらにでもないのかもしれない。

 確かに、俺はリャンチィが好きだけれど。
 自分のモノにしたいくらいの独占欲はそんなにない。
 自分自身も、彼のモノにはたぶん収まらないだろうと思うし。
 ただ、側にいるときは、同じものを見て感動を共有して一緒に笑って一緒に泣いて一緒に怒っていられれば、それで良い。
 ま、それも随分欲張りだと思うけど。

 こんな事態だというのに、俺ってのん気だね。

「シン様」

 ぼやん、としてた俺に、ラオシェンから声がかかった。
 っても、本当にぼやんとしてて、反応に時間がかかっちゃったので、もう一回名前を呼ばれてしまったけれど。

「ん?」

「大丈夫ですか? もう少しお休みになられた方が……」

「休んでる余裕はないでしょ? 大丈夫。だいぶ疲れも取れたし、行けるよ。で、何?」

 心配してくれるのはありがたいけどね、心配してもらわなきゃいけない状態ではまだないから、にこっと笑って答えてみた。

 会議室を見回してみれば、すでにそれぞれがそれぞれの仕事に出て行ったのだろう、王族以外出払っている。

 気付かなかった。ちょっとショック。

「先導をお願いしても?」

「うん。どの部隊が行くって?」

「親衛隊全隊で向かいます。王都の警備は軍部に代わってもらうことになりました。それと、私が指揮を取りますので、留守をレンシェン様に」

 うん。まぁ、妥当なところだろうね。
 選択肢としては軍部を動かすか親衛隊を動かすかの二択しかないし、鳳王誘拐となれば国の一大事なんだから、王自ら指揮を取るのは、パフォーマンスとしても重要だ。

 ちょうど、準備が整ったと親衛隊からの報告が入って、俺は手に持っていた氷水を飲み干した。

「行こうか」

「行きましょう」

 期せず揃って立ち上がって、俺とラオシェンは同時に同じことを口にする。
 リャンチィと居合わせた親衛隊長が、ははっ、と畏まって答えた。





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