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 そもそも、元いた世界では飛行機にも何度も乗っているし、高層建造物の展望台から眼下を見下ろす機会など豊富にある生まれ育ちだし、昨夜は初代鳳の背にも乗せてもらった俺には、この上空からの景色はさして目新しいものではない。

 自ら腕を翼に変えて空を飛ぶことは確かに初体験だけど、変身の仕方もいつの間にか知っていた俺にとっては、あっという間に慣れてしまう程度のことだったらしい。

 思ったよりも移動スピードも速くて、目的地にはあっという間に到達した。
 まずは関所の街。
 けれど、この街自体がずいぶんと込み合った作りをしていて、夜闇にまぎれたとしても一部隊が誰にも知られずに高級官舎のある閑静な住宅街まで移動するのは無理があるし、すぐに見つかった屋敷も、高級馬車は見えたがキャラバンが使うような幌荷馬車は見当たらなかった。
 馬の数も、一般的だろう。

 まぁ、俺の中では、関所の街と王都は、最初から候補外だったけれど。
 いくらなんでも一部隊が移動したら悪目立ちしてしまう。
 昼夜問わず、それなりの活気があるのだから。

 次に向かったのは、遠見の滝をはさんで向こう側の別荘地。
 俺が想像するには最有力候補だ。

 けれど、その前に遠見の滝に寄り道することにした。
 刑事ではないけれど、現場百辺というし、何か手がかりでも見つけられないかと思って。
 だって、叔父もお供の親衛隊の面々も、無事でいるのかどうかわからない状況なんだから。
 叔父はともかく、邪魔な護衛は捕虜にしないなら切り捨てて放置するだろう。

 この国はどこをとっても絵になる景観を持っているのだけれど、この遠見の滝は格別だった。
 元々、名前がついた由来は、滝の中腹で遠い異世界が垣間見える、なんていう伝承よりも、かなり遠くからでもその姿をはっきり確認できる、つまり遠くから見える滝、という意味なんじゃないかとすごく思う。

 日本で、こんな姿を一つだけ見た覚えがあった。
 熊野にある那智滝がそれだ。
 滝自体がご神体になっている珍しいもので、崖の中腹から一気に流れ落ちるその姿は、背の比較的高い杉の巨木を軽々と越えて、滝つぼと同じ標高に茂る森の丈の五倍は軽いんじゃないだろうか。
 ずっと遠くからでも確認できるその滝に、俺はバイクで延々走り続けて丸一日の疲れが吹っ飛んだものだ。

 同じような、いや、水量が多く横に広い分もっとかもしれない、荘厳な滝を目の前に、久しぶりに手元にカメラがないことを実に残念に思った。
 落ち着いたらカメラを作って撮影しに来よう、と決意する。

 いやいや。景色に和んでいる場合ではなかった。

 滝の中腹の観瀑台も、さらにずっと下の滝つぼ付近も見て回ったけれど、放置された遺体も骨も見つからない。
 観光客がそこそこいて、その場所で誘拐事件が起こったこと自体が信じられないような状況だった。
 もしかしたら、少し森の中に誘い込まれたかもしれないが、もしそうなら上からでは森の木々に阻まれて確認が出来ない。

 諦めて、次に移動することにした。

 それにしても、この世界の人たちは空に興味がないというか、空に畏敬の念でもあるのか。
 初代様の背中のように人が三人余裕で座れるような大きさではないけれど、これでも人一人なら落とさず空を舞えるくらいの大きさはあるのだから、地上に影も映るし気配もあるだろうに、誰一人として俺を見上げる人がいなかった。
 観光地でこれだ。この閑散期の別荘地で人に見つかる可能性なんてほとんどないだろう。

 目的の別荘地は、王都のすぐ横を通って流れる国内最大の川、フェンシャン川の下流で、トウレン湖のほとりにある。
 小さな小屋のような家が点在していて、それぞれの敷地が広いらしい。
 どこもかしこも人の姿は皆無だった。

 イェルイ所有の別荘も見つけたけれど、馬や馬車どころか、人の気配すらない。

 ここだと思ったんだけどなぁ。ちょっとあてが外れてがっかりだ。

 一応、地上に降りて別荘に近づいてみた。
 見張りもいないし、っていうか、しばらく使ってない雰囲気なんだ。
 当然、見つかっては元も子もないので、細心の注意は払っているけれど、多分無駄になる。

 抜き足差し足して近づいた小屋の、窓から中を覗き込む。
 カーテンが少し開いていて中が見えた。
 人の影がない代わりに、出したままのカップと、土足で歩き回ってそのまま放り出したらしく、床に泥の足跡が無数に散らばっていた。

 で、俺は確証を持つ。
 つい最近まで、ここの持ち主以外の人間が、ここを使ったんだ。
 持ち主なら床を汚くしたまま出掛けないだろうからね。

 人がいないことは明らかで、俺は今度は玄関に回った。

 人の足跡は乾いた土の上にはあまり残ることはないけれど、馬のひづめや馬車の車輪の轍は、結構残るんだよ。

 まだ新しい足跡が、残っている。
 一度湿って乾いて固まると、こういう跡はぱりぱりになって感触が変わるんだけれど、この足跡は乾いた土の上に残されたそのままで、一度も湿らされた後がない。
 今朝は霧が出ていたはずだから、ということは、今日出来た足跡なのは一目瞭然。

 まだそう遠くへは行っていないはず。
 そう思って、俺はまた大空へ飛び上がった。

 向かう先は、王都。
 彼らが移動する目的なんて、ただ一つなんだから。

 地上を注意深く見渡しながら空を舞う俺は、街道を外れた草原のど真ん中に、キャラバンを見つけた。
 馬に乗る人々と、幌荷馬車、それに、荷馬車の後ろをぞろぞろとついていく人影。
 荷馬車の後ろに従う十数人の人影が、整然と二列で並んでいることに気付いて、俺はちょっと嬉しくなった。
 きっと、親衛隊のみんなだ。縄で繋がれているから、寄り添って歩くしかないんだろう。

 黒髪の人の姿が見当たらないけれど。馬車の中かな?

 キャラバンの上空をゆっくり旋回しながら、その隊列を見ていると、彼らが俺に気付いたのがわかった。
 立ち止まって、上を指差して大騒ぎしているんだ。

 って、げ。それ、弓っ!

 飛んでくる矢を間一髪避ける。
 身体と羽根の隙間を通り抜けていった矢は、その風圧で俺の羽を何枚か弾き飛ばした。
 かすり傷になっちゃったかもしれない。ちょっと痛い。

 武器も無ければ戦う手段なんか何もない俺は、一時退散する。
 何人かが馬を駆ってしつこく追いかけては矢を射掛けてくるけれど、彼らの食料になんかなってたまるか。

 全速力で上空高く舞い上がり、まっすぐ王都へ向かった。

 待っててね、みんな。すぐに助けに来るからね。





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