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 結局、議論は膠着状態のまま、休憩を挟むことになった。
 少し頭と身体を休めてリフレッシュしたら良案が浮かぶかも、というわけだ。
 もちろん、昼食時間なのも理由なのだけれど。

 昼食が用意されている隣の部屋へ移動する途中、俺はラオシェンの隣に走りよった。

「ラオシェンの判断を聞きたいことが二つあるんだけど、良い?」

「議場ではいけませんか?」

「鳳王がおバカだって知られて良いならそれでも良いけど?」

 自分で自分をバカ呼ばわりしていれば世話もない。
 くすっと笑って、ラオシェンは軽く頷き、昼食は隣で、と誘ってくれた。
 っていうか、ちょっとは否定してくれても良いと思う。

 彼らの議論を聞いている間、俺は俺なりに、今回の出来事を整理してみた。
 
 実際に起こったことといえば、ユウがオロイリ族らしい一団に拉致されたことを伝えた親衛隊員の報告と、オロイリ族族長の言葉を伝えにきたと語ったその使者の言葉だけだ。
 少なくとも、拉致されたこと自体は事実のようだが、それが本当に、山のふもとで遊牧をして暮らすオロイリ族なのかは、わからない。
 また、背後にこの国の王族であるイェルイという人がいるような予測がされている。
 これが事実だ。

 そもそも、相手が本当にオロイリ族なのか、イェルイという人なのか、の確証がない中で、議論は進んでいる。
 おそらく、多分、の言葉が行きかっている状態なのだ。
 これこそまさに、暗中模索ってやつだろう。

 で、俺がラオシェンに確かめたいことが二つあった。

 一つは相手の規模。
 叔父は出かけるときに親衛隊の一部隊を引き連れていった。
 何しろ国の守り神なのだから、一人旅なんてとんでもない話だ。
 本人が望むと望まざるとに関わらず、その一部隊はついて行くべくしてついて行っている。
 その一部隊をもろともせず叔父の誘拐に成功した彼らの規模は一体どれだけのモノなのか。

 つまり、移動するなら馬やら馬車やらが必要で、人は家の中に隠せても、その移動手段を隠すのは大変なことのはずなんだ。
 隠し切れないほどの量を想定できるなら、それこそ、空から探せば簡単に見つけられると思う。

 それと、もう一つ。
 確かにイェルイという人が裏で噛んでいると仮定して、その隠れ家を一箇所に絞れないかということ。
 闇雲に探しても大きな屋敷の中にでも隠れていればわかるわけがないので、そのためには強行突入するしかないだろうけれど、一度で的確に敵陣に切り込めない場合、つまりはハズレを引いてしまった場合、捕虜となっている叔父に危害を加えられる恐れがある。
 だから、下手に動けなくて押し問答をしているわけだけれど。

 昼食として用意されていたパオという中華風サンドイッチを口に運びながら、ラオシェンは俺の質問に答えてくれた。

「彼らの規模はそう大きくはないでしょうが、それでも少なくとも親衛隊一部隊分はいるはずです。草原を渡れば遠くからでもその部隊は確認できますよ。わが国も端から端まで移動すれば十日ほどかかる程度には広さがありますから、食料を運ぶためにも馬車は必要でしょう。
 それから、イェルイ殿が用意できる隠れ家には候補が四つほどあります。一つに絞るのは難しいんですよ。
 遠見の滝に一番近い場所では、馬車で半日ほどのところに二箇所。一箇所は関所の近くにあって、イェルイ殿が暮らしています。そこが一番有力ではないかと思いますが、そんな近いところにいつまでもいるとも思えませんし」

「灯台下暗し、って事もあるけどね」

 こっちの世界にはないことわざを返して、俺は腕を組む。
 候補は四つ。まずはあたりをつけるための偵察が必要だ。

「けれど、敵の規模を知ったところで、どうするんです?
 もちろん、実際に救出に赴く際には必要になりますが、今は情報があまりにも不足していますし」

「その情報を、集めに行ってこようと思って。場所が一箇所に絞れれば、部隊を派遣できるよね?」

「はい、それはもちろん。ですが、情報を集めに、って一体……?」

「上からね、見下ろせば良いんだよ。この世界はまだ飛行機がないから、みんな鳥の視点を無意識に除外してるんだもん。俺にとってはそれこそ付け入る隙」

 理解不能、と顔中に書いてあるのがおかしくて、俺は思わず噴出した。
 さっきまで秘密のお話っぽく小声で話していた俺が笑い出すから、何事かと同席している皆が俺を注目するけれど、だからといって取り繕う必要も見出せず。

「ごめん、言ってなかったね。俺ね、空を飛べるようになったんだよ」

「……はぁ?」

「鳥になってね、大空を自由に飛べるの。便利でしょ」

 ちなみに、昨日までの俺を含め、歴代の鳳王は空なんか飛べるわけがない。普通の人間だもの。
 俺は、偶然必要があってこの身をこっちの世界に留め、渡界の水鏡の上を歩いた唯一の人間だった。
 それだけのこと。

 でも、それもまた、必然だったのかもしれない。
 俺のお披露目の儀式のとき、聖火の鳳があれだけ巨大だったのも、きっとこの運命が定められていたせいだ。

「便利というか……何故です?」

「渡界の水鏡。穢れを知らない身体ならすり抜けて向こうの世界に行っちゃうけれど、水鏡を通らない鳳王には初代鳳の知識と特別な力がもらえるみたいでね。まぁ、鳳自身、飛ぶことと歌うことくらいしか出来ないんだけど」

「けれど、シン様は人間のはずです」

「うん。でも、鳳の子孫だもの、ありえないことではないと思う」

 実際、空を飛べるようになったのは事実だしね。
 いくら否定しようとも。

「その候補の四箇所の位置を教えて。人は隠せても、馬や馬車をすべて隠すのは難しいはずだから、上から確認してくるよ。その間に、ラオシェンたちは突入の準備をしていてくれたら良い」

「けれど……」

「上から眺めてくるだけだよ。何も危険なことはしない。約束する」

 俺を心配して渋っているのはなんとなくわかるので、無理を言うつもりはない。
 でも、これはそれこそ、俺にしか出来ないことだ。
 ね、お願い、と言い募って、ラオシェンを上目遣いに見上げた。
 叔父ほど可愛くないとあまり威力はない色仕掛けだけれど、ラオシェン相手なら有効な気がするんだ。
 ラオシェンは叔父のこれに弱いんだもの。

 うーん、と唸っているラオシェンに、その向こうからレンシェン様も声をかけてくれた。
 途中から、どうやら聞いていたらしい。

「お願いしたら良いじゃないか、ラオシェン。それは、私たちのようなただの人間には出来ないことだ。ユウを助けたい気持ちも一致している。我らにとっては願ってもないことだろう?」

「伯父上……」

 さすが元王様。
 ラオシェンに上から助言が出来る唯一の人だからね。その人の口添えは素直に嬉しい。

 ね、良いでしょ?と念を押しておねだりする俺を、ラオシェンはじっと見返して、それから渋々頷いてくれた。

「絶対に危ない真似はしないでください」

「うん。ラオシェンは、出陣の用意をして待っていて」

 初飛行で無茶は出来ないし、俺は素直に頷いた。
 それから、リャンチィを振り返る。
 こちらも聞いていたらしくて、驚いた顔で俺を見つめていたけれど。

「お供することはできませんか?」

「ちょっと、初飛行で人を乗せる勇気はないなぁ、俺は」

 正直に答えて、目の前で手を合わせ。お願いのポーズ。

「戻ってきたら、そのあとは側にいてもらうから、それまではラオシェンを手伝っていて?」

 初飛行、の一言に、無理は言えないと思ってくれたらしい。
 リャンチィもまたラオシェンに良く似た渋々顔で、頷いてくれた。

 ラオシェンに指示されて、地図が用意される。
 中央にあるのがこの王宮。
 どうやらそれをくれるらしく、そこに赤いインクで直に×印を付けていく。
 全部で四つ。そのうち三つには街の名が書かれているから、どうやら街の中にあるらしいとわかる。

「この四箇所が、イェルイ殿が所有している屋敷になります。
 これは王都の中、ここから北西に当たる場所です。
 こっちはラクナンの街の北端。
 これは関所の街の官舎。
 それから、トウレン別荘地の一角です。
 いずれも、王族の屋敷には王家の紋章を描いた旗が掲げられていますから、すぐにわかると思います」

「で、これが遠見の滝?」

「はい」

 指差して確認したそれは、山脈に囲まれた国の地図の西のはずれ。
 関所まで、本当に目と鼻の先だった。
 これはもしかして、滝の流れ出る先はそこからトンネルになってるんじゃないだろうか、とふと思う。
 関所があるということは、四方八方を比較して、少なくともそちらの方が通行に便が良いはずだから。

「有力候補は、関所と別荘だね」

 ちなみに、大事な地図は王家の紋章が透かし彫りされている貴重品で、つまりは紋章の形をうっかり忘れても確認できる優れものだった。
 まぁ、地図を広げるには一度下に降りなくてはならないが。

 昼食を食べ終えて、この世界では冷蔵庫もないおかげで手軽には作れない、地下の氷穴で作られる天然氷をふんだんに使った冷茶を、砕かれた氷ごと噛み砕いて飲み干すと、早速立ち上がった。

「じゃ、行ってくる」

 初めての空中散歩。
 怖くないといえば確かに嘘だけれど、反面わくわくもしていた。
 地図をくるくると丸めて手提げかばんに突っ込み、食事中の非礼を半ば無視して中庭へ出た。
 話に参加していなかった同席者たちが、王族の人間がぞろぞろと出て行くのを、何事かといぶかしむ表情で見送る。

 ちなみに、鳥型に変身する方法は至極簡単。
 空を飛べるだけのスペースを確保して、自分が飛んでいる姿を想像しつつ、両腕をばたつかせる。
 それだけだ。

 かばんをくるくる回して勢いを付けさせて空に放り投げ、自分もそれを追って宙に舞った。
 重力にしたがって重い方から落下してくるかばんの手を、空中でくちばしにナイスキャッチすると、中庭上空を一周して、西に向かった。

 半信半疑だったらしい見送りたちが喚声を上げるのが、かすかに聞こえた気がした。





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