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 会議室の扉は、二箇所についている。
 王宮側と、行政府側。
 俺は王宮側の方が近いけれど、城下の住まいから来るならば行政府側の扉が近い。

 その、王宮側の扉は、王宮と行政府を結ぶ渡り廊下に面していた。
 吹きっ晒しのその廊下の正面は、芝生の広がる庭になっている。
 そこから、抜けるような青い空を見上げることが出来た。

 この国は、雨が少ない。
 その代わり、霧が多い。
 こんな晴れた日が続くのは、この時期ならではのことだ。
 つまり、小春日和、ということ。
 この国が山の上にあることを考えれば、あれは霧ではなく、雲の中なのだろうと想像ができた。

 こうして地面に立って空を見上げれば、あの大空にはばたいていって、自由を謳歌したいと思ってしまう。
 もちろん、この地面に住む人間を愛しているから、自分ひとりだけ飛び去ってしまうことなどできないけれど。
 空を飛べるこの身体には、人間の殻が窮屈だ。

 昨日までは思っても見なかったことだけれど。

「シン様?」

 傍らに控えているリャンチィが、立ち止まって空を見上げる俺を不審に思ったのか、心配そうな声で問いかけてきた。
 なんでもないよ、と首を振ってみせる。

 会議室の扉を開ければ、すでに全員が揃っていた。
 今日はレンシェン様もいる。
 どうやら俺待ちだったらしい。

「遅れた?」

「いえ。皆、先ほど集まったばかりです。では、会議を始めましょう」

 昨夜のことなど無かったように、ラオシェンはいつもどおりの表情で接してくれる。
 ならば俺も、いつもどおりにしていよう。

 思ってリャンチィを振り返ってみれば、何とも苦々しい表情だった。
 俺の視線に気付いて、慌てて済まして見せるけれど、あんな鋭い目つきは見逃せない。

 ラオシェンは、集まった人々の一人ひとりに報告を求め、それから、昨日捕虜として捕らえたオロイリ族の使者が舌を噛み切って自害したことを告げた。
 尋問する間もなかったらしい。
 口を割らないために自らの命を絶つとは、呆れるほどの忠誠心だ。

 つまり、昨日から何の進展もない、というのが現状だった。

 そこで、俺は手を挙げる。

「昨日から不思議だったんだけど。
 何でオロイリ族はこんな険しい山の奥深くの、目ぼしい資源も無ければ農産畜産に特に適したわけでもないこんなところを欲しがるんだろう。
 それに、ここの入り口は狭く長いトンネル一箇所で、親衛隊一部隊と渡り合うほどの部隊がこっそり侵入できるようなところではないよね。潜伏先もそんなにないはずなのに。
 誰かが手引きしたとしか思えないんだけど」

 それは、俺だけの疑問ではなかったらしい。
 右大臣と左大臣は顔を見合わせ、潜伏先をいまだに見つけられない将軍は苦々しく眉を寄せた。

 もっともだ、と頷いたのは、ラオシェンだった。

「私もそれは、考えました。手引きした人間に、心当たりがあります」

「……イェルイですか?」

 聞き返したのは、俺の隣の人だった。
 敬称がないところを見ると、身内なのだろう。
 けれど、聞き覚えのない名前だった。

 リャンチィの問い返す声に、ラオシェンは神妙に頷く。
 そして、説明の声を上げたのは、ラオシェンの隣に陣取っていたレンシェン様だった。

「私から説明しよう。そもそもの発端は、私に子がなかったことが原因だったのだ」

 すでに老年の域に達する年齢ながら矍鑠とした彼は、静かに目を閉じ、過去に起こった陰惨な事件の顛末を語ってくれた。
 それこそが、今回の事件の始まりだったとでもいうように。

 俺は今まで、レンシェン様はラオシェンの祖父に当たるのだとばかり思っていたのだが、実際はラオシェンの伯父なのだという。
 つまり、リャンチィにとっては兄だ。

 今から二十五年前、つまり、俺の先々代鳳王であるマチ様がこの世界にやってくるちょっと前のことだ。

 レンシェン様は次期国王として、政治に参加しながら、次期国王の務めとして、子作りに励んでいた。
 ところが、いくら頑張ってもなかなか子供が出来ず、おそらくはレンシェン様もしくは正妃のどちらかが、子供を作れない身体なのだろう、と診断を受けた。

 その診断が、すべてのきっかけだった。

 この国の王位継承権は、王の子、兄弟、兄弟の子、従兄弟の順に、一番上位の者がなることになっていた。
 当時、レンシェン様の次の継承権はリエシェンに、そしてその次は彼らの従兄弟であるイェルイとなっていた。
 ラオシェンもリャンチィも生まれる前のことだ。

 そもそも、レンシェン様に子供が出来ていれば、そんな企みは起こさなかったに違いない。
 レンシェン様の正妃は従妹でありイェルイの妹だ。
 彼女が子を生んでいれば、彼女の家族は王の外戚となるのだから。

 事件は、レンシェン様の先代、ホァシェン王の鳳王、ソウ様が謎の事故死を遂げることに始まった。
 鳳生家の血筋であるから、武芸にも優れて健康な人だったが、いつもは王宮の中で勉強や武芸などに精を出して過ごしていた彼が、その日は何故か外出したがったのだ。
 そして、こんな平和な国で守り神を襲う人間もいないだろうと考えたホァシェン王は、少数の護衛を付けてソウ様を王宮の外へ送り出した。

 なんでも、突然暴れだした馬に放り出されて、崖から転落して命を落としたらしい。

 不運としか言いようのない事故死に、国民は悲しみにくれ、ホァシェン王は王位を追われて息子であるレンシェンに次代を託した。

 代が変わって数週間は何事も無かったが、ある時、今度はリエシェンの身が危険に晒された。
 王位継承権はあるものの、レンシェン様に子ができればその地位も無くなる彼は、当時は王の名であるシェンはなく、リエタオと名乗ってた。

 王宮の外に邸宅を構えていて、文官として行政府に出勤してきていたリエタオは、帰り際、王城を守る門扉を支えていた太縄がぶつりと切れたことで、勢いよく閉まった扉にぶつかりかけたのだ。
 大門を防御する役目を負った門扉はそれだけの重量があり、その勢いで身体に叩きつけられていたら、良くても全身打撲、悪ければ死に至っていた。
 だが、それは幸運にも、近くにいて事故に気付いた親衛隊のとっさの機転によって助けられた。

 この事故が、レンシェン様を怪しませるきっかけとなった。
 ソウ様の事故にしても、リエタオの事故にしても、不運が重なったといえばそれまでだが、いくらなんでも出来すぎている。

 改めて疑惑を持って調べさせたところ、浮上したのが、レンシェン様の正妃の父であり、レンシェン様の叔父にも当たる、チゥランだった。
 ソウ様に、絶景ポイントに案内しましょう、などと言葉巧みに誘い出したのも、リエタオの帰り際に話しかけて小細工をする時間稼ぎをしたのも、チゥランだったのだ。

 疑う対象こそ絞れたものの、確たる証拠もなく手をこまねいたレンシェン様だったが、次にリエタオが襲われる機会を見逃すはずもなく。

 嫌疑を掛けられたチゥランは、容疑を認め、死をもって罪を償うこととなった。
 なにしろ鳳王殺害犯だ。許されるはずも無かった。

 チゥランの企みを知ったレンシェン様の正妃は、父がそのような大それたことを企てたこと自体が恐ろしくなり、レンシェン様に詫びの遺書を残して自ら命を絶ったのだそうだ。

「父を死刑で亡くし、妹を自殺で亡くしたイェルイは、しばらくは自宅謹慎をしていたのだが、当時イェルイが起こしたことなど、父の犯罪を見て見ぬふりをしていたという程度のこと。とうに罪は許されていて、今は国境警備の任に就いている」

「つまり、イェルイ殿ならば、極秘裏にオロイリ族を招きいれ、彼の邸宅や別宅を隠れ家として提供することが可能なのです」

 話を締めたのが、ラオシェンだ。

 なるほどねぇ。

 俺の反応といえば、それしかなかった。
 どうやら秘中の秘であるらしく、歳若い親衛隊長は初耳の様子だ。

 そこまでわかっているのなら、突入していって賊を捕らえ人質を救って一件落着にできそうな気がするのだが。
 いくら信憑性があろうとも、それは憶測でしかなく、王の一存で行動するレベルにはまだ達していないのだろう。

 それにしても、俺という存在がオロイリ族に知らされていなかったのは納得がいかない。
 ここに来てもう半年。この国の人間で、王が変わったこと、俺が来たことを知らない人などいないだろうに。

「そこまでわかっていて、打つ手はないわけ?」

「せめて、ユウ様が監禁されている証拠でもあれば、踏み込めるのですが」

 場所の想像はつくけれど、想像でしかないからうかつに動けない。
 今のところ、できることはほとんどないに等しいわけだ。

 監禁されている証拠、かぁ。

 俺が納得したのをみて、ラオシェンは大臣や将軍たちと、難しい顔を突き合わせて悩み始めてしまった。
 レンシェン様もその輪の中に加わっている。
 建設的な意見は、出ていないらしい。
 俺は、今のところ完全な傍観者だ。

 監禁されている証拠といえば、そこから助け出してくることが一番だろう。
 叔父が連れ込まれたことを見ていた人がいたとしても、口封じに何らかの策がとられているだろうから、証拠を引き出すのも骨が折れる。
 それに、すでに二日経っているのだ。隠れるには十分な時間だ。

 場所さえわかれば、それこそひとっ飛びなのだけれど。

 解決策を、提案され、否定され、を繰り返していた彼らだったが、とうとう案も出尽くしてしまったらしく、全員が難しい顔で黙り込んだ。
 俺はといえば、そう頭の良い方でもないから、良案も思いつかず、見てるだけしかできなかったけれど。





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