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 部屋の前では、一人の大柄な男が、盛りのついたクマのように歩き回っていた。

「おや、リャンチィ。どうしました?」

 のほほんとした口調のラオシェンの声に、はっとこちらに顔を向けたリャンチィだったが、それから慌てたようにこっちに駆け寄ってきた。

 っていうか、どうしました?じゃないだろうよ、ラオシェン。
 寝込みを襲っておいて、のんきだな。

「シン様、ラオシェン。こんな夜中に一体どこへ行っておられたのですか」

 王様を呼び捨てに出来る人なんて、血縁者くらいで。
 確かにリャンチィはラオシェンの一番歳の近い叔父だし。

 でも、俺を先に呼んだってことは、それだけ大事に思ってもらえてるってことだよね。
 なんか、それだけで嬉しい。

「神殿に行っていました。何もありませんよ」

 結果的に、ね。
 口には出さず、肩をすくめ、俺たちは俺の部屋の前に辿り着く。
 ラオシェンが深く頭を下げるので、俺も頭を下げ返し。

「おやすみ、ラオシェン」

「おやすみなさいませ」

 頭を上げたラオシェンは、俺の隣に立つリャンチィに、物言いたげな表情を見せながらも何も言わず、踵を返して自室に戻っていった。
 俺が開けた部屋の戸を、リャンチィが後ろから支えてくれる。

「どこへ行っていらしたのですか」

「渡界の水鏡。ラオシェンに拉致されてきた。思ったとおりの状況だったよ。笑っちゃうよね」

「笑い事ではありません。もし本当に日本へ強制的に戻されてしまったらと、気が気ではありませんでした」

 寝室に続く扉を開きながら言われるそんな台詞に、自分の都合の良い様に受け取りそうになって、気を引き締める。
 下手に希望を持ったら、後でツライのは俺なんだから。

 でも、無理やりさせた割にリャンチィの反応は優しくて、嫌われたわけではなさそうだと、それだけは嬉しく思った。

「それはそうと、どうしたの? こんな夜中に」

「どうしたの、ではありません。汗で濡れたシーツでは気持ち悪いだろうと思って換えたシーツを洗って戻ってきたら、寝ているはずのシン様がどこにもいないじゃないですか。焦りましたよ、私は」

 それを俺に咎められてもね、寝込みを連れ去られた俺には責任ないし。

「ラオシェンに抗議しなよ」

「明日そうします。ともかく、もう遅い時刻ですから、どうかゆっくりお休みください」

 一緒に寝室に入ってきて、ベッドに横になるまで手伝ってくれる甲斐甲斐しさが、すごく嬉しかった。
 彼も俺を大事に思ってくれているんだと、勘違いしそうになる。
 もちろん、ただ単に、大事な鳳王だから、なんだろうけれど。

「一緒に寝よう?」

「え?」

 おねだりするように手を伸ばした俺に、リャンチィは戸惑って固まってしまった。
 主君と家臣が同衾するなんて、って頑なに思ってるのかもしれないけど。

「ダメ? こんなに広いんだから、二人寝てもゆったりだよ?」

「いえ、しかし……。私にはシン様に添い寝させていただく資格がありませんから」

「俺が一緒に寝て欲しいって言ってるのは、資格にならない? イヤなら無理にとは言わないけど……」

「いえっ! イヤだなんて、そんな」

 思いっきり否定して、あ、と口をあけて固まった。
 ふふ。嵌ったね?

「……シン様、意地がお悪いです」

 俺を咎めるようなことを言って、それでもこれ以上は拒否の言葉も言えず、リャンチィは大きなため息をついた。
 そんなため息をつくくらいなら、断れば良いのに。
 でも、添い寝してくれるのが嬉しいから、何も言わないんだ。

 俺が空けたスペースに入り込んできてくれて、こんなに大きなベッドの隅の方に直立不動。
 本当に、頭固いんだから。

「もっとこっちにおいでよ。落ちちゃうよ?」

 人二人並んでも十分なくらいの隙間があるのに。
 ここまでおいで、とベッドをポンポン叩けば、固い姿勢のままにじにじ寄ってくるから、その動作がまたおかしくて。

 近くに来たリャンチィの腕を抱き枕に、俺は寝る位置を定めた。

「おやすみ」

 相変わらず固まったままだけれど、まぁそのうち柔らかくなるでしょ。

 リャンチィは眠れなさそうで可哀想だけれど、抱きしめた腕があたたかくて、放してあげられなかった。

 そうして眠る態勢になれば、疲れていた身体は眠りを欲しがって、それこそ三秒で意識を失っていた。





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