22
部屋の前では、一人の大柄な男が、盛りのついたクマのように歩き回っていた。
「おや、リャンチィ。どうしました?」
のほほんとした口調のラオシェンの声に、はっとこちらに顔を向けたリャンチィだったが、それから慌てたようにこっちに駆け寄ってきた。
っていうか、どうしました?じゃないだろうよ、ラオシェン。
寝込みを襲っておいて、のんきだな。
「シン様、ラオシェン。こんな夜中に一体どこへ行っておられたのですか」
王様を呼び捨てに出来る人なんて、血縁者くらいで。
確かにリャンチィはラオシェンの一番歳の近い叔父だし。
でも、俺を先に呼んだってことは、それだけ大事に思ってもらえてるってことだよね。
なんか、それだけで嬉しい。
「神殿に行っていました。何もありませんよ」
結果的に、ね。
口には出さず、肩をすくめ、俺たちは俺の部屋の前に辿り着く。
ラオシェンが深く頭を下げるので、俺も頭を下げ返し。
「おやすみ、ラオシェン」
「おやすみなさいませ」
頭を上げたラオシェンは、俺の隣に立つリャンチィに、物言いたげな表情を見せながらも何も言わず、踵を返して自室に戻っていった。
俺が開けた部屋の戸を、リャンチィが後ろから支えてくれる。
「どこへ行っていらしたのですか」
「渡界の水鏡。ラオシェンに拉致されてきた。思ったとおりの状況だったよ。笑っちゃうよね」
「笑い事ではありません。もし本当に日本へ強制的に戻されてしまったらと、気が気ではありませんでした」
寝室に続く扉を開きながら言われるそんな台詞に、自分の都合の良い様に受け取りそうになって、気を引き締める。
下手に希望を持ったら、後でツライのは俺なんだから。
でも、無理やりさせた割にリャンチィの反応は優しくて、嫌われたわけではなさそうだと、それだけは嬉しく思った。
「それはそうと、どうしたの? こんな夜中に」
「どうしたの、ではありません。汗で濡れたシーツでは気持ち悪いだろうと思って換えたシーツを洗って戻ってきたら、寝ているはずのシン様がどこにもいないじゃないですか。焦りましたよ、私は」
それを俺に咎められてもね、寝込みを連れ去られた俺には責任ないし。
「ラオシェンに抗議しなよ」
「明日そうします。ともかく、もう遅い時刻ですから、どうかゆっくりお休みください」
一緒に寝室に入ってきて、ベッドに横になるまで手伝ってくれる甲斐甲斐しさが、すごく嬉しかった。
彼も俺を大事に思ってくれているんだと、勘違いしそうになる。
もちろん、ただ単に、大事な鳳王だから、なんだろうけれど。
「一緒に寝よう?」
「え?」
おねだりするように手を伸ばした俺に、リャンチィは戸惑って固まってしまった。
主君と家臣が同衾するなんて、って頑なに思ってるのかもしれないけど。
「ダメ? こんなに広いんだから、二人寝てもゆったりだよ?」
「いえ、しかし……。私にはシン様に添い寝させていただく資格がありませんから」
「俺が一緒に寝て欲しいって言ってるのは、資格にならない? イヤなら無理にとは言わないけど……」
「いえっ! イヤだなんて、そんな」
思いっきり否定して、あ、と口をあけて固まった。
ふふ。嵌ったね?
「……シン様、意地がお悪いです」
俺を咎めるようなことを言って、それでもこれ以上は拒否の言葉も言えず、リャンチィは大きなため息をついた。
そんなため息をつくくらいなら、断れば良いのに。
でも、添い寝してくれるのが嬉しいから、何も言わないんだ。
俺が空けたスペースに入り込んできてくれて、こんなに大きなベッドの隅の方に直立不動。
本当に、頭固いんだから。
「もっとこっちにおいでよ。落ちちゃうよ?」
人二人並んでも十分なくらいの隙間があるのに。
ここまでおいで、とベッドをポンポン叩けば、固い姿勢のままにじにじ寄ってくるから、その動作がまたおかしくて。
近くに来たリャンチィの腕を抱き枕に、俺は寝る位置を定めた。
「おやすみ」
相変わらず固まったままだけれど、まぁそのうち柔らかくなるでしょ。
リャンチィは眠れなさそうで可哀想だけれど、抱きしめた腕があたたかくて、放してあげられなかった。
そうして眠る態勢になれば、疲れていた身体は眠りを欲しがって、それこそ三秒で意識を失っていた。
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