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呼ばれている気がして、顔を上げた。
目の前に見えるのは、水に沈んでいたはずの鳳の羽根。
俺が気がつくのを待っていたように、またゆっくりと水の中に沈んでいった。
思わず、見送っている自分がいる。
「シン様! 大丈夫ですか?」
神聖な水鏡には入れないらしく、ラオシェンがいたところにそのままいて、俺に声をかけていた。
振り返った俺に、あからさまにほっとする。
「突然白い光に襲われて、気がつけばシン様は宙に浮いた初代様の羽根の前で立ち尽くしていらっしゃるし、私はもう、どうしたものかと。大丈夫ですか?」
光に包まれてから、こうして一息で状況を語れる程度には、短い間の出来事だったらしい。
壮大な過去の映像を見てきた俺にとっては、状況把握にちょっと時間が必要だけれど。
振り返って、一歩一歩戻っていく。
一歩足を踏み出すごとに、初代鳳が俺に残していった記憶や能力の数々を、肌で実感する。
だって、鳳の姿に変身する方法すら、俺は何故か知っているんだ。
つい数分前まで知らなかったはずなのに。
俺は俺の判断で行動しろ、か。
その行動のための手段を、鳳は俺にくれたらしい。
何が気に入ったのか、それとも、あの水鏡に乗れる鳳王はすべてもらえるものなのか。
でも、少なくとも今の段階では、嬉しいお土産だ。
空が飛べるなんて、なんて便利。
この国は、さすがに高度の高い山の上にあるから、森が少ないんだ。
空から眺めれば、人が隠れるところなんてそんなにない。
それに、馬で三日かかる距離でも、空を飛べばあっという間だし。
それは、さっき鳳の背に乗っていて実感した。
でもまぁ、とりあえず眠いし。
「大丈夫だよ。ところで、ラオシェン。履くものないかな? 眠いし、部屋に戻りたい」
水面から外へ、その縁に立って、一段上に立っているにもかかわらずまだ向こうの方が背が高いラオシェンを見上げた。
「ラオシェンもちゃんと寝ておかないと、ユウを助け出す前にラオシェン自身が参っちゃうよ?」
ラオシェンが指示するまでもなく、戸口に控えていた神官が部屋を飛び出していったのを見送って、俺は憔悴気味の彼に笑いかけた。
はい、と彼も大人しく頷く。
「お部屋までお運びいたしましょうか?」
「さっきみたいにお姫様抱っこで? 恥ずかしいからやめて」
お姫様抱っこ?と首を傾げるから、言葉が通じなかったんだと思うんだけれど、その不思議そうな感じがちょっとだけ歳を幼く見せて、俺には実に微笑ましく映った。
ちょうどその時、神官の制服であるサンダルをどこかから調達してきた神官が、ここへそれをうやうやしく捧げ持って来てくれた。
そんなにしなくても、と思うんだけれど、それが彼らにとっては精神衛生上必要なことなんだし、と思って、そのまましてもらっていたりする。
「神殿の入り口まで送ってもらっていい? 道がわからない」
「いえ、お部屋の入り口までお送りいたします。私も通り道ですから」
「そ? じゃ、よろしく」
どうぞこちらです、と促されたのが、部屋を出て思っていたのと反対へ向かう道で、頼んでよかったと俺は改めて思った。
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