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 …………



 ――?



 ……シ……ク……



 ――何? 声が聞こえる。



 ……シンサク……



 ――俺?






『目を覚ましなさい、シンサク』

 目を開けられないほど顔に当たる強い風。
 頭に響く高いテノールの声。
 背中に感じる羽毛のフワフワ感。

 目を開けた途端に目の前に広がったのは、信じられないほどに青く清んだ空だった。

『目が覚めましたか、シンサク。我が子孫よ』

 引力を背中に感じる。仰向けに寝てしまっているらしい。
 声に呼ばれてむくっと起き上がって、俺は周りを見回した。

 それは、鳥の背中だった。
 虹色に輝く羽毛、紅く長い翼、風切り羽根、尾も長く後方で風に揺られて舞っている。

 それにしても、大きな鳥だ。
 人が三、四人は余裕で乗れる。

 大きなその身体を避けて流れていく風は、赤か黄色に色づいていた。
 まるで夕焼け色だった。

『こちらへいらっしゃい』

 呼ばれた方向は、首のある方。
 頭の中に聞こえてくる声なのに何故方向がわかるのかは良くわからないけれど、俺は呼ばれたとおり、その鳥の頭の方へ這っていく。
 鷺のように長い首にしがみつき、下が覗きこめた。

『見えますか? これが、貴方が守るべき世界。そして、私が捨てた世界です』

 眼下に見えたのは、広大な草原だった。
 向こうの方に見えるのは砂漠だろうか。
 砂が風に煽られ舞い上がって視界を邪魔している。
 左を見れば圧迫感すら感じる山脈がそびえ立ち、右を見れば長い砂浜を、そして海を見渡すことが出来る。

 海岸付近や川沿いには、石造りらしい街が見えるけれど、俺が知っているような大都会と違って、素朴であたたかみを感じられる街だった。

 けれど、近代化の波はもうそこまで来ているのだろう。
 すでに、あんな山奥の国でさえ、電灯がある文明レベルなんだから。

「どうして、捨ててしまったの?」

 フェンシャン王国の人たちは、それぞれが心根の優しい穏やかな気性の人たちで、守り神である鳳を蔑ろにして資源を食いつぶすような愚かな真似はしないように見える。

 それはもちろん、鳳に見捨てられた過去が、戒めとして、それぞれの心の中に息づいているせいではあると思うけれど。
 もし戒めのない彼らが、守り神の恩恵に感謝を示さない民族だったならば、そもそも鳳は彼らを助けようとはしなかっただろうに。

 黙っている鳳に、返事はもらえないのだろうとがっかりした俺は、ただ眼下に広がる美しい草原を眺めていた。
 鳳はゆっくりと翼をはばたかせ、山脈の方へと向かっていく。

『ごらんなさい。あそこが、フェンシャン王国。神々に愛された民族が暮らす楽園です』

 高い山脈の頂に、山々に囲まれた緑豊かな大地が見える。
 海抜三千メートルは優に超えているくらいの高所だ。
 常識で考えれば、あり得ない。

 だって、王宮の庭に咲く花は、高山植物にはとても見えないし、豊かに柔らかい葉を生い茂らせる木々は、三千メートル級の山で生きられるはずもない。
 そもそも、海の近くの街で平和に暮らしていた俺が、突然一瞬で高度三千メートルまで連れ去られたら、酸素不足で倒れてしまうだろうに。
 息苦しさなど感じたこともない。

 つまり、鳳王の存在で守られた、楽園なんだ。
 鳳王がいなくなってしまえば、その大地はたちまち土地そのものの過酷さに包まれることになる。

 このかりそめの楽園を彼らに与えた鳳に、俺はやはり疑問を感じずにはいられない。

「どうして?」

 どうして、彼らにこの土地を与えたの?
 どうして、彼らを捨ててしまったの?
 捨てるくらいなら、遊牧の民のまま放っておいてあげた方が、彼らには良かっただろうに。

『シンサク。貴方には本当の過去を見せてあげましょう。自分の目で見、自分の頭で判断なさい。私がこの世界を捨てなければならなかった、本当の理由がわかるから』

 目を閉じて。
 そう指示されて、言われるままに目を閉じる。
 前に進むスピードが、ぐんと早くなった。
 後ろに引っ張られる感覚に、しがみつく腕に力を入れる。
 髪を煽る風が耳を塞ぎ、急な圧迫感による気持ち悪さに吐き気を覚えて、気を失った。





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