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 本当は、自分自身驚いた。
 まさか惚れるとは思ってなかったし。
 でも、あの人は別格だ。
 俺も男だからなおのこと、好きな人にはカッコイイ自分を見せていたいし、相手を守りたいと思う。

 この気持ちを、成就させるつもりはさらさらないんだ。
 どうせ側にいるし離れられない運命だ。
 だから、それ以上の関係を望もうなんて、思わない。
 そばにいて、どこへも行けないこの一生を、のんびり暮らせればそれでいい。

 ともかく、俺はその人のために、この国を守りたいと思う。
 そのためには、俺に出来る情報収集はちゃんと自分の耳でしておきたい。

 父親と育ての母に植え付けられたトラウマのせいで、俺には強く意見できないラオシェンは、渋々ながらも頷いた。
 本当に、目立たない場所にいてくれと、それだけを懇願して。

 ラオシェンの心の傷につけ入っている自覚はある。
 ちょっとだけ申し訳ないとは思うんだけどね。

 だから、その懇願には、頷いた。

 謁見の間で待たされていた、いかにも民族衣装な服装の男は、実に厚顔不遜な態度で、ラオシェンが玉座に着くのを見送っていた。
 顔に傷があり、筋骨隆々として、いかにも腕っ節が強そうだ。
 こりゃ、まともに戦ったら、俺も敵いそうにない。
 一人ならまだしも、数人で飛び掛ってこられたら、叔父だってひとたまりも無かっただろう。

 玉座に座り、ラオシェン自らが使者に声をかける。
 普通は、横に従う大臣が司会を務めるものだろうに、一刻一秒が惜しいと見える。
 思わず苦笑してしまったけど、俺は悪くないぞ。

「使者殿。話を伺おう」

 国王自ら声をかけてやったというのに、なんと不遜なことか、使者は王としての威厳ある口調を鼻で笑い飛ばした。

「我らが偉大なる族長の言葉を伝えに来た。お前らの守り神はもらった。尻尾を丸めてこの土地から出て行け。さもなくば都に火をかける」

 偉そうな態度もここまで徹底されるといっそ小気味良い。
 思わず皮肉ったらしく笑ってしまった。
 その俺の顔に、隣にいたリャンチィは気付いたらしくて、一歩引かれてしまった。
 そんなに恐かったかな?

 ……って。あれ?
 守り神は、今は俺だけど?

「守り神は返していただけないのか?」

「貰ったと言った。我らオロイリは手に入れたものは逃さない。皆殺しにしてやっても良いのだ。わざわざ使者を立て、見逃してやっても良いとおっしゃった族長の慈悲に感謝し、早々に出て行け。刻限は三日後の日没まで」

 ちなみに、鳳山王国の総人口は十万を数える。
 王都から一番遠い村までは、伝令を走らせても片道二日。
 その村は一番関所から遠くて、女子供が関所を越えるまで、最低でも五、六日はかかる。

 つまり、刻限である三日後の日没に、国民全員がこの土地を離れることなど、物理的に不可能なわけで。

 なんだそりゃ、と思わず呟いてしまった。

 何が慈悲だ。
 ただの無知だろ、それは。

「そこのガキ。今何と言った」

 礼儀などあったものではないその使者は、俺の意味不明な言語での呟きを、どうやら聞きとがめたらしい。
 さすが草原の民、耳はおそろしく良い。

『なんだそりゃ、って言ったのさ。無知もここまで来るといっそ立派だね』

 俺の言葉を理解できる相手など、ラオシェンとリャンチィくらいのものだ。
 俺は遠慮なく日本語で罵った。
 意味のわからない言葉でも馬鹿にされたのはわかるらしく、いきり立って掴みかかってくる。

 慌てたのは、俺の実力を知らない人間だけだ。
 中でも将軍は大慌てでこちらに駆け寄ろうと足を踏み出した。
 同時に、リャンチィもその場所が邪魔だと感づいてくれて場所を移動してくれる。

 ドタン、と音を立てたのは、俺の足元。

 大体、俺に力任せに襲い掛かってくるなんて、無謀もいいところだ。

 合気道というヤツは、基本的に、自分の力ではなく相手の襲い掛かってくる力を利用して投げ飛ばす、受動的な技だからね。
 相手が強ければ強いほど、相手にかかるダメージは大きくなるわけさ。だから、挑発したんだ。

「捕まえて」

 何が起こったのか理解できず、茫然自失で無様にぶっ倒れている使者の男を足蹴にして、この場を守っていた親衛隊の人たちに命じる。
 真っ先に飛びついたのは、俺の側にいたリャンチィで、後からわらわらとやってきた親衛隊にあっという間に縄で縛られて、王の前に転がされた。

「ラオシェン。要求に応じるの?」

「いいえ、まさか。たった三日では、逃げられない民が大勢います。私は民を守ることこそが使命。徹底抗戦の構えですよ」

「そう。だったら良かった」

 自分が守るべき王は、愚かではない。
 それが確認できただけでも、俺はほっとした。
 足元の捕虜を、俺とラオシェンは同時に見下ろす。

「それにしても、我が守り神様はさすがお強い」

 ラオシェンも、やっぱりそこに引っかかっていたらしい。
 誉めるにしても時機を逸しているこの時点で、わざわざ俺を守り神と表現して賞賛するなんて、企み事がわかりやすくていっそ清々しいくらいだ。

 俺を守り神と言われたことで、捕虜は大慌てで俺を見上げた。
 っていうか、黒髪黒目の黄色人種なんていうこの国にあり得ない人種を目の前にしていて、遅すぎるだろう、気付くのが。

 ラオシェンの言葉は、まさしく、彼らの誤解を確認するための布石に過ぎなかった。
 敵はどうやら、この国に今守り神が二人いる事実を知らないらしい。
 それを、間違いなく知らない、と確認したんだ。

「この者には、私が尋問をかけます。
 将軍、左大臣。先ほどの指示を遂行してください。
 右大臣、貴方は王都の民に混乱の生じないよう配慮しつつ、事態の告知をお願いします。敵に悟られないよう、細心の注意を払うように。
 親衛隊長。使者が戻らないことで、彼らが先行して仕掛けてくる可能性があります。王都の見回りを強化してください。厳戒態勢で。
 次の会議は明日早朝に」

 今の段階で出来る指示は、俺が考えても確かにそんなものだ。
 全員が、納得したらしい。短く返事をし、それぞれの仕事のために散っていった。
 捕虜は地下牢へ引っ立てられていく。

 ラオシェンは、何か言いたそうに俺を振り返った。
 それから、深いため息をつく。

「シン様」

「わかってる。守り神が二人いると奴らが気付いていない以上、俺がここにいるのは拙いんだろう?
 この国の民は、今守り神が二人いることに喜んでる。奴らが気付くのも時間の問題だ。はっきりいって、俺がいることが足手まといだ、だよね?」

 俺がここにいるのは周知の事実。
 王国の端の方の村にでも、その事実は知らされている。
 鳳王が本当に彼らの守り神であることは、十年前、叔父が日本へ行ってしまったことによる天変地異を経験して、肌で実感しているのだ。
 百年もあればともかく、十年で記憶が薄れるほど、人の記憶力は柔ではない。

 そして、俺の存在を知ったオロイリ族が、主を失った前鳳王より、現在の鳳王を求めて手を伸ばしてくるのは、想像力を働かせるまでもなく、簡単に想像のできることだった。
 そこに俺がいて、あっさり捕まっちゃったりしたら、洒落にならないわけだ。

 でも。

「でも、帰るつもりはないよ。強制されても、絶対に」

「何故!? これは我々の問題で、本来我々とは違う世界に生きるべき貴方には関わりのないこと。突然さらわれて、帰りたいと思わないんですか?」

「関わりがない? ひどい言い草だね、それ。俺はこの国の国民として受け入れてもらえないのか」

 ラオシェンの言葉は、きっと、本心だ。
 この国に生まれ育ったわけでもなく、ある日突然連れ去られて、もう帰れないと残酷な事実を突きつけられた人間が、帰りたいと望まないわけがない。
 ましてや、やってきてまだ半年。
 言葉もようやく日常的に困らない程度に覚えたくらいの、まったくこの国には馴染みきっていない状態なんだ。
 それが、一般的に考えれば、普通なんだろう。

 でも。
 俺はちょっと状況が特殊だよ。
 俺自身、日本に帰ったところでやりたいこともないし、この国が気に入っている。
 親衛隊に混じって汗を流しているおかげで、仲間意識もあっさり芽生えたし、なにしろ教育係は幼少のみぎりに一夏遊んだ叔父なんだ。
 さらに、生まれて初めて恋をした相手もいる国なんだから。

 この国を捨てるには、未練がありすぎるよ。
 日本に対する未練なんかよりもね。

「わかってください。私は、貴方を巻き込みたくはないのです」

「巻き込む、なんて他人行儀なこと、言われたくないよ。守り神よ、今こそ我らを救いたまえ、とか言ったほうが正しいんじゃないの? 王様としては。頭冷やして冷静に判断しなさい」

 また明日の会議でね。
 ぽんぽん、とラオシェンの肩を慰めるように叩いて、俺もまた謁見の間を出る。
 リャンチィが慌てて俺を追ってきたのが、気配でわかった。





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