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 親衛隊のみなさんは、王宮の警備に、自らの鍛錬に、余念がないけれど。

 王国自体の日々は、ただ淡々と過ぎていく。
 平凡に。平穏に。

 なにしろ、この国は高い山脈に囲まれた盆地に形成されている。
 そもそもが、異常気象から身を潜めるための隠れ家として鳳が用意した土地だといわれている。
 つまり、それだけ世界から隔離された場所なのだ。

 一時的な避難場所であったはずのこの土地から、彼らの民族が離れようとしないのは、肥沃な土壌と豊富な地下資源もそうだが、そもそもこの場所から立ち去るのに一苦労してしまうせいでもあるはずだった。

 なにしろ、山脈のど真ん中に作られたこの国から外へ出るのに、道は一本しかないのだ。
 人を惑わす平坦で広い森を抜け、岩山に切り開かれた、馬車がぎりぎりすれ違えるだけの細い道を通り、山脈のど真ん中に針を突き刺したような細いトンネルを抜けて、関所で身分を明かして入国許可をもらって、初めて入国が叶う。
 そんなわけだから、わざわざこんな場所まで商売に出かけてくる行商人は限られていたし、この土地から外へ出て行こうとする国民もほとんどいなかった。

 そのおかげで、セキュリティは万全なのだ。
 関所を通らなければ断崖絶壁に阻まれて身動きが取れなくなるような土地柄だ。
 さらに通行人も少ないので不審者はすぐに見咎められる。
 外から犯罪者が入り込むようなことは、ないに等しかった。

 だから、それは青天の霹靂だった。

「前鳳王様が誘拐されました!」

 聞いた途端、本人による自作自演の狂言かとすら思ったね。
 叔父はなかなか悪戯好きだ。

 けれど、今彼がそんな悪趣味な悪戯をする意味がない。

 明日には叔父が帰ってくる予定だった。
 一緒に行った親衛隊の一部隊の、その中でも一番乗馬に長けた彼が、隙に乗じて逃げ出してきた、その人の報告だった。
 丸一昼夜、馬を走らせたらしい。走り続けてへとへとの彼の馬は、今は厩で休んでいる。

 俺は、対策会議の席上にいる。
 大丈夫だから鳳王は気にせず我々に任せてくれ、なんてあほらしいことを言ったラオシェンを脅しての出席だった。

 そもそも、親衛隊の面々に対して武道や戦術の心得を伝授する立場の俺だ。
 つまり、この国を守る部隊の中でも最高の実力を持つ彼らより、俺の方が一段上手。
 安心して任せておけるはずがない。

 会議の参列者は、国王であるラオシェン、右大臣に左大臣、軍の最高責任者である将軍、親衛隊の隊長、それに俺と俺の付き添いのリャンチィ。これだけだ。

 基本的に文官でしかない右大臣は、突然のことに混乱して、頭を抱えたまま動かない。
 かわりに、左大臣はだいぶ有能で、関所を通り抜けた不審人物はいない、と冷静に報告している。

 国の要所要所に派遣されて国防の任についている軍部は、警備強化と不審人物の探索に乗り出したらしい。

「で、相手はわかっているの?」

 途中から会議に無理やり入り込んだ俺は、事態を把握する上でも重要なことを、問いただした。
 それに対し、ラオシェンは苦々しげに頷く。

「戻ってきた者の話では、どうやら我々の祖先と同じ遊牧の民である、オロイリ族らしいです。逃げられるとは思っていなかったのか、隠すつもりも無かったのか、民族衣装で堂々と現れたそうですから、わざわざ濡れ衣を着せようと考えない限りは間違いないでしょう」

 問題は、どこから入ってきたのか、どこに潜伏しているのか。
 そう困ったように状況を分析し、ラオシェンは頭を抱える。

「将軍。奴らの潜伏先を急いで探し当ててください。左大臣は国境警備隊に関所を通った者の再確認を。商人として紛れ込んだ可能性があります。それと、親衛隊の半分を、遠見の滝へ差し向けましょう……」

「ラオシェン。それはやめておいた方が良い。戦力が拡散してしまう。
 向こうが要求を出してくるまではこちらもどうせ動けないんだ。英気を養っておいた方がいい。
 それと、相手の目的の分析が先だよ。
 先代とはいえ、鳳王を捕まえたんだ。十年も続けていれば、ユウがあの日遠見の滝に現れるのは誰にでも予測がついたんだろう?
 そこを狙ったと考えるのが妥当だから、とすれば狙いは鳳王。捕まえて、彼らにどんな利点があるのか、そこがヒントだ」

 実際に戦略会議なるものに出席する機会があるとは思わなかったが、日本にいた頃は戦記モノの小説やマンガを好んで読んでいたものだから、戦略戦術に関する知識は意外にあるのさ。
 俺に正論を唱えられて、ラオシェンは黙り込んだ。

「シン様。ユウ様が心配ではないのですか?」

「あのね、ラオシェン。
 ユウを殺すことに彼らのメリットはあるの?
 何らかの恨みを買っているなら、鳳王を殺してこの土地に災厄を呼び込んでやろうっていう暗い狙いもありうるけれど、どちらかといえば、鳳王とこの土地を手に入れて自分たちが幸せを手に入れようとしている、と考えるのが自然でしょ」

 実際、本気で俺は、ユウの命の心配はしていないんだ。
 護衛に従った親衛隊の人たちは、無事ではないかもしれないが、それならそれで、殺すならその場で殺しているだろうから、今ここで論議しても仕方がない。

 それより、自分たちが論ずべきなのは、いかにその無法者を捕らえて、処刑もしくは国外追放するかということだ。

 と、会議室の戸口がいきなり騒がしくなった。
 リャンチィが俺に断りを入れて、戸口へ移動していく。

「何事です」

「ご報告にあがりました」

 開いた戸口に膝を突いて、親衛隊の小隊長が大音声を上げた。
 聞こう、と答えるラオシェンに、さらにかしこまる。

「ただいま、オロイリ族の使者と名乗るものが参り、陛下への謁見を求めております。いかがいたしましょう」

「会おう」

 考えた時間など一瞬にも満たないのだろう。
 椅子を蹴って立ち上がり、ラオシェンはずかずかと戸口へ向かう。
 それを、俺も追いかけた。
 円卓の全員が、俺の行動に引っ張られるように後に続く。

「シン様」

 謁見の間に向かって歩きながら、咎めるようにラオシェンが俺を呼ぶから、俺はちょっと不機嫌な顔を見せてやった。

「隅に控えてるだけだよ。立ち合わせて欲しい」

「しかし……」

「国の一大事に、国の守り神を除け者にする理由が、ラオシェンにはあるのかい?」

「……ありません」

 大事されているのは、俺も理解している。
 けど、俺だってこの国が大事だ。
 なにより、好きな人が愛している国なのだし……。





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