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 夕方になれば、普段なら叔父が師範となって稽古を付ける、親衛隊の武術鍛錬の時間だ。

 本来、親衛隊の仕事はこの王宮の警護と不測の事態に備えた日々の鍛錬だ。
 その、日々の鍛錬、の方を、叔父が引き受けていたらしい。

 古参の親衛隊員の言うことには、叔父が稽古を付けるようになってから、親衛隊の武術能力は格段に上がったということだったので、特に叔父の遊びに付き合っているわけではないのだろう。
 当初は付き合い半分だっただろうが、今では、稽古の時間には叔父に向かって全員が揃って礼をする程度には、真剣だ。

 それは、いつのまにやら、俺に対しても同様だったらしい。

「ユウは私用で出かけましたので、今日から一週間は俺で我慢してください」

 そう挨拶した俺に、それこそ全員がそれぞれに、我慢だなんてとんでもない、と首を振ったんだ。

「皆、シン様に稽古を付けていただけることを喜んでおります。宜しくお願いします」

 もう、立場上は彼らの副隊長ではないが、俺の側近としてここに参加しているリャンチィが、彼らを代表するようにそう言って、俺に向かって腰を折った。

 叔父が指導するようになってもう十年は軽く経つというのに、いまだに俺が指導できる程度の能力しか持っていないのは、本来の彼らの気性に問題があった。

 かつて遊牧の民であったとは信じられないくらい、温厚で穏和で闘争心にいまいち欠ける、そういう民族なんだ。
 だから、かつての神々も彼らを愛し、神の使いである鳳を差し向けたのだろう。

「今日は、柔術の稽古ですが……」

「うん。こればかりは、俺も皆を指導できる腕じゃないんだよね。でも、予定は予定。指導者がいないからといって、他に変更するのは良くないよ。予定通り、普段のメニューをこなそう」

 そう言った俺の言葉が、意外だったらしい。
 リャンチィが不思議そうな顔で俺の顔を覗き込んだ。

「良いんですか?」

「うん、良いよ。柔術なら、マイトに任せるべきだね。俺も教わらなくちゃいけないし。よろしくね」

 そろそろ彼らも、人に教える、自ら自習をする力を、付けていくべきだと思うし、良い機会だ。
 なんて、本音を言ったら彼らは舞い上がっちゃう体質だしね。

 任されたマイトは、まさか任されるとは思ってなかったんだろうね、はいっ、と身を正したまま、硬直してしまったみたいで。

「隊長、号令お願い。技術的な指導はマイトだけれど、親衛隊の隊長は貴方だよ」

 ユウだって、技術的な指導はしたけれど、稽古の号令は隊長に任せていたんだ。
 俺だって、やり方は同じ。
 丸投げするつもりはないんだ。
 精神的な部分は武術すべてにおいて変わらないからね、教えられると思ってる。

 最近は、自分の世界にいた頃よりも、武人の精神を良く理解できて来た気がするんだ。
 あの頃は適当に生きていたけれど、今はなんとなく、自分の中に一本芯が通っているのを感じるから。

 さぁ始めよう、という隊長の号令を受けて、いつもの通りの手順で練習が始まっていくのを、俺も一緒になって従いながら、安心して見ていた。
 彼らは俺が参加するずっと前から、毎日毎日稽古に励んでいたのだから、俺が今日いきなり何かをするような必要はないんだよ。

 俺と組んで組み手の修練に入るリャンチィも、練習が始まっていつもと同じ空気に身を置いて、俺の考えを理解できたらしい。
 急に俺に聞こえるように小さくくすくすと笑うから、ちょっと驚いたけれど。

「シン様は、突き放して育てるタイプなんですね」

「皆大人だもの、手取り足取りじゃないでしょ」

 っていうか、さすがに親衛隊ともなると実力者ばっかりだから、俺とリャンチィが年少組のはずなんだよ。
 しかも、俺なんてこっちに来てまだ半年。偉そうに出来る立場じゃないんだ。

「明日からも同様に?」

「ん。明日は剣道だから、ニエン。明後日は棒術だから、トレイ……はユウの護衛で行っちゃったから、イエナ」

 それぞれの分野ごとに、親衛隊員の中から優秀な人材を挙げてみせる。
 と、リャンチィはどうやら感心したらしくて、へぇ、と声を上げた。

「良く見てますね。この半年で、それぞれの得意分野を把握されていることに、感服します」

「敵を知り己を知らば百戦危うからず」

「え?」

「俺たちの世界の、中国にね。孫子、っていう偉い兵法家がいて。その人の言葉なんだ」

「敵を知り己を知らば百戦危うからず……」

 この言葉は、解説するまでもないだろう。
 リャンチィも、解説されるまでもなく、意味を理解したらしいしね。

 言われるまでもなく、みんななんとなく知ってはいることだろうけれど、でも、改めて言葉にされると、漠然としたものが意識できるものへと昇華されて、より自らの力として実感されるわけ。
 そういう言葉なんだよね。つまり、心得、なんだ。

「それで、シン様は、人を観察する目を養っておられたんですね」

「うん。そんな感じだね。ちなみにね、日本には、三十六計逃げるにしかず、ってことわざもある。いろいろ策をめぐらすより、逃げるが勝ち、ってこと」

「逃げたら、負けではないですか?」

「うーん。負け戦をして傷つくよりは、逃げて体勢を立て直せ、っていう意味で使われることわざだと思うけど」

「その逃げの際に、敵の情報を得て逃げられれば、最良ですね」

「リャンチィは応用が利く人だね」

 偉い偉い、って自分こそ偉そうに頷く。
 もちろん、ふざけてるだけ。
 真面目なリャンチィだって、ふざけてるのはわかったようで、苦笑を返されてしまった。

 リャンチィは俺専属の護衛だからね。
 叔父にメイトウがいるように、たぶん一生一緒にいる相手だ。
 冗談が通じてくれたほうが良い。

「さ、シン様。そろそろ本気で参りますよ」

「うわっ」

 掬い投げの要領で地に叩きつけられてしまった俺は、とっさに受身を取りながら、びっくり顔の俺に面白そうに笑っているリャンチィを下から見上げ、その顔に見とれてしまう。
 王族の人たちは総じて美人だけれど、リャンチィは精悍な顔立ちがすごくかっこよくて。

 やっぱ、好きだなぁ。

 そう、改めて思った。
 顔が、だけじゃなくて、真面目な性格とか、柔らかい物腰とか、その腕っ節の強さとか。

 この人に守ってもらえるなんて、それだけで幸せで。
 なかなか起き上がらない俺を心配する目に変わったのが嬉しくて、俺はくっくっと笑ってしまった。





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