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 この国に来て半年が経った。

 俺は無我夢中で新しい知識を吸収していった。
 元々ファンタジーの世界っていうのは結構好きだったし、鳳王の制度以外は、普通の王制国家だったから、一国の歴史や文化を学ぶ姿勢は別に俺たちの世界のものと変わらないんだ。

 この国の言葉もだいぶ覚えた。
 叔父のスパルタ教育のおかげだ。
 ある程度の文法を覚えたら、叔父はフェンシャン語しか話さなくなったんだ。
 習うより慣れろ、ってヤツらしい。

 俺の身辺警護担当には、親衛隊副隊長から降格だか昇格だかわからないけれど、リャンチィが当たることになった。
 元々、鳳王の身辺警護には王族の誰かがなることは、代々受け継がれてきた約束事らしい。
 そもそも神の使いなのだ、身辺警護に至ってもおろそかにはできないのだろう。

 そういう意味では、侍従であるミントゥも実はそれなりの家柄で、レンシェン様の姉の孫にあたるんだとか。
 さすが神様を身近に感じる国だ。
 そんな瑣末事まで、気が配られている。

 俺のここ半年の毎日といえば、午前中は歴史と文化の勉強、午後は言葉の勉強、おやつを挟んで夕方から、叔父が親衛隊相手に付けているという武芸の稽古。
 これが毎日続く。

 確かに飽きてはきたけれど、さすが叔父は教育者に向いているらしく、毎日手を変え品を変え俺を楽しませてくれるから、今のところ俺の口から愚痴は皆無だ。

 叔父が親衛隊なんていう専門家相手に何を教えているのかと思ったのだが、これがまた、多岐に渡っていた。
 剣術、柔術、棒術、弓道に合気道。
 何でそんなに芸達者なんだ?と呆れるくらい、どれもこれも師範レベルなんだ。
 普段のヘラヘラっと笑った態度が嘘のように、武芸の場では身が引き締まっている。

 まぁ、俺も人のことは言えない。
 ここの親衛隊のメンバーと手合わせすれば、道場で修業したことのない柔道でこそ怪しいが、それ以外ならほとんどにおいて、上手を取れる。
 何しろ、剣道と合気道に至っては、趣味と公言できるレベルだ。
 負けるわけには行かないだろう。

 この俺と互角に渡り合える相手は、もし全員が鳳王に怪我でもさせたら大変だ、とかいって遠慮していない限り、リャンチィのみだった。
 本当に、互角。勝ったり負けたりがほぼ同数。

 おかげで、夕方が待ち遠しくて仕方が無い。
 何しろリャンチィは俺の専属身辺警護担当だから、武芸の稽古にも当然一緒に出向くわけで、今日は手合わせできません、っていう心配が無いんだ。
 夕方になれば必ず戯れることができるとなれば、楽しみに思って当然だ。

 そんなわけで、毎日気の知れたメンバーと楽しくのんびり過ごしていたある日のことだった。

 朝一番に俺の部屋にやってきた叔父は、半年経っても朝寝坊の治らない俺を揺り起こし、まくし立てた。

「ごめん。今日から一週間、俺でかけるから。歴史の勉強は、トンファン先生にお願いしたから、ちゃんと勉強してね。言葉の勉強の時間は自由にしてて良いし。後、夕方の稽古はシンが師範になってあげて」

 じゃあね、と言って、俺の返事も待たず、叔父は慌しく部屋を出て行った。

 俺はといえば、返事どころか何の反応もできず、ただ呆然と叔父の後姿を見送った。
 朝の支度の手伝いにやってきたミントゥも、驚いた様子で叔父を見送っていた。

 朝食を済ませて、食後のお茶をすすっていると、普段は週に一度だけ講義をしに来てくれる、人の良いおじいさん然としたトンファン先生がやってくる。
 うやうやしく俺に対して一礼するのを忘れないのは、彼が儀礼を重んじる神学者であるせいだろう。

 頼んである、というくらいだから、その理由も知っているのだろうと思って尋ねたら、トンファン先生はにこりと笑って頷いた。

「このフェンシャン王国の西のはずれに、遠見の滝と呼ばれる大きな滝があります。山の中腹から崖を一気に流れ落ちるその落差はおよそ千メートル。実に荘厳にして壮大な滝です。
 この滝のちょうど中央を臨むことのできる滝見台が設置されているのですが、ここから遠い異世界を見ることができると言い伝えられておりまして、毎年この時期になると、必ずユウ様とリエシェン様はわずかな近衛兵のみを引き連れてお出掛けになっておられました」

「この時期?」

「はい。十月十日に遠見の滝に着かれるよう、三日前の本日より一週間。ここから遠見の滝まで馬で三日かかります故」

 十月十日。
 ハッピーマンデーが始まる前は、確か体育の日だった。

 ……あ。

「一度向こうの世界に戻ったユウがこっちに戻ってきたの、十月十日でしょ」

「おぉ、さようでしたな。では、リエシェン様はおそらく、ユウ様にもう二度とそちらの世界へ帰られないようにと、お連れになられたのでしょう。お戻りになられたユウ様とは、それは仲の睦まじいお二人でおられましたからなぁ」

 なるほどなるほど、とトンファン先生が納得する向かいで、俺はといえば、少し胸が痛くなっていた。

 普段は明るく朗らかで、少し子供返りした風にも見える叔父だけれど、きっとまだ、愛する人を失った痛みは薄れていないのだろう。
 だから、思い出の場所へ行ってしまうんだ。

 きっと、元の世界を恋しく思っての旅ではない。
 それだったら、俺も連れて行ってくれるはずだから。
 そうではなくて、叔父を思いやって遠見の滝まで一緒に行ってくれていたリエシェン王との、大切な思い出をなぞっているのだと思う。

 辛いなぁ。
 叔父の心を思うと、とても辛い。

 俺の気持ちをわかってくれたのか、トンファン先生はただ黙って、俺が我に返るのを待ってくれていた。
 優しく微笑んだままで。
 人の気持ちがわかる、良い先生だ。

「さて、本日は何のお勉強をいたしましょう?」

「じゃあ、隣国との国交について。今のところ、戦争の火種は無いんでしょう?」

 歴史と言葉の勉強は、この半年で終えていたので、今は社会の勉強中だった。
 数学、理科は、俺の方が知識が進んでいるから不要なんだよね。
 それより、この国の守り神だというなら、社会情勢の勉強は不可欠だ。

 はい、と頷いて、トンファン先生は神学者らしからぬ雑学知識を駆使し、俺の疑問に答えてくれた。





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