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儀式の会場は、城の大広間だ。
太い柱が何本も立つそこの、大きな扉の正面に設置された台の上に椅子が二つ。
赤いクッションが貼り付けられたゆったりした椅子で、片方はど真ん中に、片方は少し離れた右手に斜めに向けて置かれていた。
ど真ん中に座るのが、俺だ。
何しろ主役だし。
斜めの椅子は、俺を鳳王として迎える立場の現王の席なのだ。
式次第の進行は大臣が脇に立って務め、王が俺の代わりに来賓の挨拶を受ける。
そもそも、鳳王に俺たちがいた世界に逃げられて連れ戻したその頃から、来たばかりの鳳王はこっちの言葉を使えなかったから、代々そういう手はずになっているらしい。
で、受け答えしなくて良いし、初っ端に叔父に無理やり覚えさせられた口上を自分でも信じられないくらい完璧に言い終えた後は、ただただ暇で暇で、俺は周りをものめずらしい顔を隠しもせずに見回していた。
ラオシェンは、さすが王様で、威厳に満ちた態度で来賓たちの接客に臨んでいる。
一昨日ラオシェンの部屋で飲んでいたトンランとメイウェンは、自分の母や兄弟たちと楽しそうに談笑しているし、俺を迎えに来たリャンチィは正面の巨大な扉の脇に控えて警備の仕事中。
叔父は昨日俺の部屋に遊びに来てくれた前々王のレンシェン様の隣で笑っていた。
見回す限り、みんなの顔が希望にあふれていて、幸せそうで、平和な良い国なんだなぁって実感した。
この国なら、俺もやっていけるのかもしれないって。
挨拶の必要な来賓はすべて捌けたらしい。
次を待つ人の姿がなくなって、ラオシェンは席を立った。
段下に立つ大臣が、声を張り上げる。
途端、周囲がしんと静まり返った。
脇の扉から、恭しく火の付いた杯を携えた侍女が入ってきて、反対側からは台を持った何人かの親衛隊兵士がやってきて、俺の前にそれらを重ねて置かれた。
これが、就任儀式のメインイベントなのだ。
叔父に初めて聞いたときは驚いたけどね。
この杯に灯る聖火に鳳王が手をかざすと、炎が鳳と変化して空へ飛び立つ。
この炎の鳳こそ、鳳王の証であり、その治世を占うものでもあるんだとか。
ガラガラと音がして見上げれば、天井がぽっかりと穴を開けた。
シャッターみたいなものだと思うのだが。
実に大掛かりだ。
俺がその天井を見上げているうちに、俺のすぐ隣にラオシェンがやってきて、跪いた。
「シン様。杯に手を」
ちなみに、その杯に灯る炎は、そのものずばり、炎だ。
つまり、熱いし、触れば火傷を免れない代物。
これに、手をかざせって言うんだから、とんでもない話だ。
叔父の言うには、別にまったく熱くないから大丈夫だっていうんだけど。
熱いよ、近くにいるだけで熱を顔に感じる。
とはいえ、周りを見回せば、観衆は今か今かと期待の目で俺を見つめていて、サービス心旺盛な俺としては期待を裏切るわけにもいかず。
火傷を覚悟で、杯に手を伸ばした。
……あれ? 熱くない。
炎が俺の手を焼いているのはわかるのに、まったく熱さを感じない。
そのうち、ひらひらと踊っていた炎は周囲を巻き込んで大きく膨れ上がり、俺の手を押し上げて。
押されるまま手を挙げれば、炎は大きく翼を広げ、天井の穴から見える青い空めがけて羽ばたいた。
俺が両手を広げたくらいの大きな翼を持つ炎の鳥は、元は小さな杯に収まっていたとは思えない大きさで、俺の手の上に留まって翼を羽ばたかせ、それから大空へ飛び立っていった。
俺はといえば、ただただその姿を呆然と見守るくらいしか出来ることはなかった。
炎の鳥が大空の彼方へ姿を消して、それらを見送った全員が、微動だにせず屋根の向こうの空を呆然と見つめていた。
やがて、俺の耳元で、誰かの溜息が聞こえた。
それは、その位置関係からして、ラオシェンだ。
「*********」
何て呟いたんだろう。って、その時は首をかしげた。
そもそも、ここに来てから不思議な歴史を学んだばかりだった俺は、不思議なことに耐性ができていたらしく、周りがみんなで呆然としていることにこそ、疑問を感じていたわけだが。
後で本人に聞いてみたところ、それは「立派な鳳だ」と呟いた言葉だったらしい。
叔父のときはスズメ大の小さな鳳で、その前のマチ様のときはサギくらいの大きさだったらしい。
比べれば、俺のは孔雀くらいの大きさはあった。
みんなが驚くのも無理は無いのだ。
やがて、王は立ち上がり、まだ呆然と立ち尽くしている民の前で、高らかに宣言した。
希代の守護神の降臨である、と。
結果、その夜の祭りは、王都に暮す全市民が浮かれはしゃぎ踊りだす、大騒ぎになったらしい。
俺自身は疲れて眠っていたから、実際のところは良く知らない。
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