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 翌日。

 さすが鳳生の血筋でまったく二日酔いの残らなかったらしい叔父は、朝も早くから俺を叩き起こしにやってきた。

 普段から遅くまで寝入っている俺にとっては、ありえない時間だった。
 太陽がまだ下の方に見える。

「おはよう、シン。今日は衣装合わせと明日の段取りの勉強だよ」

 朝っぱらから元気な叔父に、俺は反対に朝っぱらから脱力。

「あれ? まさか、二日酔い?」

「いいえ。ただ単に朝が弱いだけ」

「あぁ、じゃあ、頑張って起きて。今日は忙しいんだ」

 昨日から、明日明後日は忙しい、と何度も何度も言われているから、もう耳にたこ。

 はいはい、と返事をして起き上がったら、怒られてしまった。
 ぐうたらしてんじゃないの、だって。

 朝食は、塩気と卵だけの簡単な粥だった。
 酒をあれだけ飲んだ次の日は、さすがに脂っこいものとか味の濃いものは辛いから、助かる。

 酒臭い、って怒られて風呂に入ってさっぱりしたら、風呂場から出てきたそこに、俺付きの侍女さんたちが総出で待ち構えていて、せっかく着た服をあれよという間に脱がされた。

 儀式用の着物は、なんと、羽織袴だった。
 腰に刀を二本差してちょんまげでも結えば、二百年前にタイムスリップだ。
 さすがに髪が短くて地毛で髷が結えないので許されたが、そこにあった剃刀は多分、月代を作ろうとしたんじゃないかと。
 諦めてもらえてよかった。

 本来の代替わり頻度よりも、ここ三代の代が変わる頻度は異常なくらい早くて、侍女の中には三人全員の準備を手伝った、という人もいた。

 何せ、叔父の前の代はたった三年しかいなかったのだ。
 で、今回も二十年ちょっとで代わってしまうのだから、そりゃそうだ、と納得。

「今日は午後からレンシェン様がいらっしゃるそうだから、ちょっと堅苦しい服にするね」

 堅苦しい、とは、多分あのゴテゴテと飾られた服のことだろう。
 着心地は良いんだけど、なんだか窮屈なのはその通りで、俺はちょっと眉を寄せてしまった。
 その眉間の皺を擦って、叔父は笑った。

 ところで、レンシェン様というと?
 シェンが付くから、もしかして、王様?

「リエシェンの先代だよ。まだまだお元気でね、普段はお忍びで国内各地を探検していらしたりするんだけど。リエシェンの国葬で戻っていらしていて、そのままシンのお披露目まではいる、って」

 いつもは隠宮と呼ばれる別荘に住んでいて、たまに行事があるときだけ出てくる、気ままな隠居暮らしなんだとか。

 っていうか、生きてたんだ、ってびっくりが先に立ったよ、俺は。

 衣装合わせはスムーズに終わって服をまた着替えさせられた。
 で、ちょっとだけお茶休憩をして、昼食まで勉強の時間。

 自分がこの国と王ラオシェンを守護する鳳王である、と宣言するのだけれど、これがまた長ったらしい口上で、覚えるのに一苦労なんだ。
 当日はカンペ付きが許可されたけれど、出来るだけ覚えろ、とのお達し。

 自分は覚えられなくて恥ずかしい思いをしたんだそうだ。
 同じ思いをさせたくないと言われれば、俺に拒否権など無いに等しい。

 で、素直に俺は指示された宣誓のポーズで、同じ言葉を繰り返す。
 ちなみに、フェンシャン語。
 自分で何言ってるのかさっぱりわからない。

 片言どころか棒読みで、それでも来て二日目にすらすらと喋れた鳳王はさすがにいなかったらしくて、つっかえずに言い切ればそれで良い、との許しは出ていたんだ。

 で、叔父が戸口に背を向けて座っている前に立って、俺自身は戸口に向かって声を張り上げていたら、急にその戸が動いたから驚いて言葉を切った。

 ノックの音は聞こえなかったけれど、多分俺の声にかき消されたんだろう。

 俺が言葉を切ったことで、叔父も首を傾げて後ろを振り向き。

 そこに現れたのは、白髪が見事な矍鑠とした老紳士だった。

「レンシェンシーフ」

 シーフ、というのが、多分「様」に当たる言葉なんだろうと想像する。
 つまり、今日来るといわれていた予定の客人の登場だった。

「******」

 老紳士は、何事かを叔父に言って、俺たちの側に寄って来た。
 それから、叔父に勧められた席に座り、俺に座るように促す。

 語りかけてきたのは、俺に対してだった。

「マチに似た良い声だ、って」

 老紳士の言葉を、叔父が訳してくれた。
 マチって誰だろう、と首を傾げたら、叔父がすかさずフォローしてくれる。

「真知彦っていって、レンシェン様の鳳王だよ。俺の従兄弟に当たる」

 つまり、ここに来て三年で亡くなった二代前の鳳王のことだった。
 まぁ、血族だから声が似ていても不思議は無いけれど。
 母の従兄弟って、結構遠いよな。

 話を聞いてみれば、叔父がこの老紳士に懐いている理由もわかった。

 俺に叔父が教育係として付いたように、叔父の教育係はその前王、つまりこの人が務めたらしい。
 相次いで後を追うようになくなったりしない限り、前王もしくは前王の鳳王のどちらかは生存しているはずで、今までも代々、どちらか生存している方が、次の世代の鳳王の教育を任されるのだそうだ。

 とはいえ、叔父のように付きっ切りになるのはきわめて珍しく、今までは勉強の時間にだけやってくるような希薄な関係だったらしい。

 まぁ、そりゃそうだろうな。
 血統は同じだけれど、先代と次代が顔見知りの可能性ってかなり低い。

 その話題のマチさん。
 こっちに来て三年で亡くなったとは聞いていたから、きっと病弱な人だったのだろうと思っていたのだけれど。
 そんな風に確かめてみたら、叔父もレンシェン様も、とんでもない、と否定した。

「どちらかと言えば、ガキ大将をそのまま大きくしたようなヤツだよ。良く言えば明朗快活。悪く言うなら恐いもの知らずの無鉄砲。サッカーが得意でね、将来は実業団の選手になるんだ、って頑張ってたさ。
 そのマチが、こっちの流行り病に引っかかってポックリ逝っちゃったわけ。悲しみにくれるより、みんな驚いてたよ、あのマチ様が病なんかで亡くなるなんて、って」

 そのことで、人の世のはかなさを思い知った、とレンシェン様はしみじみと言った、らしい。
 しみじみと何か言ってたのは俺にもわかったけど、残念ながら言葉がわからん。

 うん、確かにまずいな、今の状況。
 早く言葉を覚えないと、不便で仕方が無い。





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