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 頼まれた仕事をするべく、ノートパソコンの起動を待つ間に渡されたノートに目を通す。
 見知った名前と見知らない名前が並んでいた。中には一般の調査会社の名前も含まれている。そして、武人に至っては名指しで役割を書き込まれていた。

 その役目とは、警察との橋渡し役、つまりは内偵だ。
 一般調査会社の代表者から警察幹部に紹介してもらい、情報屋としてやり取りをする役割だと、細かく記入されている。
 それは、自分の組から出すからこそ詳細をメモしてきたということだろう。

 土方探偵事務所という名前に見覚えも聞き覚えもなく、武人はまだ手の空いていそうな孝虎に視線をやった。

「この『土方探偵事務所』というのは?」

「深山組の旦那の息子が世話になっている養父の家業だそうだぞ。元警察幹部だそうだ」

「すごい人脈ですね」

「さすがに偶然だと苦笑していた。
 最近まで存在すら知らなかった息子だそうでな、不倫相手だった産みの母の元旦那が育ててくれたんだそうだ。
 素人にしておくにはもったいない度胸のある一家だと自慢げだったから、なかなか良い関係のようだな。
 事態が事態だけに協力してくれるだろう、とのことだ」

 実際に紹介してもらう前に一度顔合わせをさせてもらおう、と言って孝虎はスケジュール帳になにやら書き込んだ。
 まずはアポイントメントを取り付けるためのメモであるようだ。

 それにしても、一般人を陥れることこそあっても巻き込むことを嫌う業界にあって、その手を頼ろうという決定を本家で下すのだから、なかなかの一大プロジェクトだ。
 関東を拠点とする三大組織がいずれも面子丸つぶれの状態なのだ。事態を重く見るのも致し方ないといえる。

 メモの内容を書き写しながら、広範囲に亘る役割分担に舌を巻き、これだけの組織力を誇っていることに改めて驚嘆する。

 そもそも、武人が幹部と顔を合わせている組織としては恋人のいる大倉組とこの住吉組の二つであるが、それぞれに成長株の優良企業をフロント会社として保持しており、任侠組織として地元に根差した足腰の強さを持っている。
 その二組織が双方ともまだ上位組織である関東双勇会では無役なのだから、他にどれだけ優秀な組織がひしめいているのか、推して知るべしということだろう。
 関東双勇会は現総長に代替わりしてから徹底した実力主義に変わった組織であるからなおのことだ。

 今回組長と金庫番という組の最重要人物ともいえる立場の人間が被害を被った大倉組は、それでも副長に若頭に若頭補佐三人にとまだまだ人材はあるのだが、裏方に回っていた。
 急成長組織であることもあって普段から人手が不足しているところに今回の件で、正直なところ自組織の運用だけで手一杯なのだ。
 面子丸つぶれで報復に出たい組の最上位にランクするはずだが、恋人をやられた副長も私怨をぐっとこらえて自分の仕事に忙しくしており、同じ立場の若頭補佐は恋人に付きっ切りで仕事どころですらない。

 若頭である武人の恋人も、毎日日付が変わってから帰宅して武人の出勤より先に家を出る忙しさだ。
 帰宅できるだけマシだと本人は苦笑しているから、泊り込んでいる幹部もいるのだろう。

 代わりに仕事の多くを引き受けたのは、理事三組織と理事補五組織だった。
 先の深山組も理事補の一つで、情報の収集及び撹乱を引き受けている。

 仕事柄、管轄内にある組織は情報収集もそこそこ出来ているが、県外を拠点にしている組織は名前を知っていれば良い方な下部組織もある。
 警察で持っている各組織の規模感とこのメモに記録されている各組織の受け持ちから推察される実力に乖離がある組織も意外に多く、これには武人も唸ってしまった。

 武人の立場としては、この場において取得しえた情報をすべて警察に知らせるわけにはいかない。
 いろいろと便宜を図ってもらっているからには恩に報いなければならず、警察に知らせるには都合の悪い情報は選り分ける必要があるのだ。

 個性的だが読みやすい字で書かれたメモを清書している間に孝虎は手が空いたようで、自分の席を立って武人の背後に立った。
 ワープロソフトで適宜レイアウトしながら記述されている資料に感心したようで、ほぉ、と声を漏らす。

 その声に気づいて、武人は座ったまま孝虎を見上げた。

「何です?」

「いや、七瀬が手放しで誉めるだけの事はあるな。そんな取りとめのないメモを上手くまとめてる。感心した」

「警察なんて、調書と始末書を書くのが仕事みたいなもんですからね。慣れますよ、嫌でも」

「あんたでも始末書なんか書くことあるのか?」

「俺は幸いまだ一度もありません」

 あっさりと前言を否定して、けれど武人は肩をすくめる。

「先輩の始末書を代書したことならたっぷりありますけどね。下っ端の仕事と思えばなんてこともないですよ」

「そういや、あんたってまだ下っ端の類?」

「そうですねぇ。年下が今年一人入りましたから、ようやく抜け出せそうですが。まだまだ雑用は回ってきますね」

「三十も半ばでなぁ。警察、若返り考えた方が良いんじゃねぇか?」

「団塊世代が多いですからね、やっぱり。こればかりは仕方ないですよ。定員割れしたら少しずつ増えると思います」

「そのまま人員削減とかありえるんじゃねぇ?」

「ありそうですけどね。暴対法以来組織犯罪の質が変わりましたから、県警担当課の出る幕が無くなってきてまして」

「本店行きか」

「もっと上じゃないですか? 公安回しがだいぶ多いですよ」

 なるほどなぁ、と気のない返事をする孝虎だが、その実しっかりその情報は頭に焼き付けている。
 警察内部の情報は敵対組織としては喉から手が出るほどに欲しいものだ。
 そちらの動きに対応して動かなければならないからなおのことだった。

 話をしている間にも手は休みなく動いていて、左手はCtrlボタンとSボタンを同時に押しながら武人は斜め後ろにいる孝虎を見上げた。

「プリンタってデフォルトで大丈夫です?」

「あぁ、そのまま出してくれていいぞ。って、もう出来たのか」

「はい。確認お願いします」

 基本的なショートカットキーは覚えているようで、武人はあまりマウスを操作しない。指が動くたびに画面が切り替わって、デスクトップに戻った。プリンタからは数枚の資料が出力されている。

「ファイルはどこに入れておきましょう?」

「サーバ共有のZドライブに議事録ってフォルダが置いてある。日付と議事内容をフォルダ名に付けろってさ」

「……てさ、って?」

「春賀の厳命。散らかしておくと後で探すのが大変だからって数年掛けてしつこく諭された」

「春賀さん、すごいですねぇ。旦那の教育しっかりしてる」

「正直、頭上がんねぇよ。あいつのおかげで随分と仕事が効率化されたからな。売上は上がるし余裕も出来るし良いことずくめだ。うちは良い姐もらったよな」

「惚気ですか?」

「惚気ですよ」

 くっくっと笑う孝虎が幸せそうで、武人もまたニコリと笑った。

 噂をすれば何とやら、隣の部屋から春賀がやってくる。

「なぁに? 楽しそうだね」

「あぁ。お前を誉めてたんだよ」

「はぁ?」

 話の文脈がさっぱり見えず、春賀は怪訝な様子で聞き返していた。





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