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自分の作業にキリがついた孝虎がため息と共に背もたれに寄りかかり、室内を何気なく見回して目を丸くした。
「すげぇ。この短時間に片付いてるよ」
応接テーブルと床に散らばっていた資料をプリンタ脇にクリップ止めで重ねて置いて、見つけた粘着テープ型のクリーナーでカーペットを掃除中の武人がそこにいた。
時々クリップやら輪ゴムやらを見つけるらしく、これもまたプリンタ脇に寄せられている。
所要時間は時計を見上げる限りで二時間経っていない。
「散らばってた資料はそれ?」
「はい。内容別にまとめてクリップ止めはしておきましたけど。ファイリングが必要ならやっておきますよ。パンチと空きファイルの場所を教えてもらえれば」
「いや、えーと……。物によって行き先違うから、一旦引き取るわ。じゃあ、手空いた?」
「空きましたよ」
「手書きの議事メモがあるんだけどね、清書してもらえないかな。ノートパソコン貸すから」
デスクの引き出しから引っ張り出したクッションケースに収められた小型ノートパソコンと皮カバーのかかったノートを手渡されて、武人は少し訝しげだ。
「俺が知っても良い情報です?」
「でなかったら頼めないだろ」
苦笑と共に頷いて、それから孝虎は急に真面目な表情になった。
「こないだ七瀬と雄太君が被害にあったあの事件の追跡調査の話だよ。本家で方針と担当決めてきた。君も知っておきたいだろ?」
「……まだ、雄太君が目を離せない状況で心配しているんです。戸山さんに任せておけば大丈夫だろうとは思うんですが」
「そのかわり、戸山が付きっ切りになっているから、大倉で人手不足でな。七瀬もあれで面が割れたからおおっぴらに動かせねぇ。
七瀬の証言で素人だってのはほぼ確定なんだがな、その分対象が広すぎなんだよ。まさか深山組の旦那が表立つ事態になるとはなぁ」
「……深山組というと、埼玉の双勇会系二次団体でしたね。本家では理事補でしたか」
「爪を隠す能ある鷹の代表格さ。おおっぴらには顔を出さないが、だからこそあの人が動くと事態が動く。
今回は、とにかく場を動かしたい。あれ以来手を出してこない静けさが不気味なんだよ。いつまでも防戦一方は面子に関わるしな。
警察も、たいしたことはわかってないんだろう? 三者会談の場を提供したってだけで内偵寄越してくるくらいだ。あまり期待してない」
「えぇ、警察でもほとんどお手上げです。現場付近の監視カメラやら聞き込み調査やらはしてますけど、尻尾も見つかりませんね。
雄太君をあんな状態にした奴らですから、さっさと豚箱に放り込みたいんですけど。身内の恥を晒すようですが、暗中模索です」
「あんな状態……そうか、君は彼を間近で見ているんだな」
「運よく非番だったので、救出に同行しました。窓もない真っ暗な物置小屋に火の消えたランタン一つで、七瀬さんと二人でボロボロの状態で見つかりましたよ。
七瀬さんはさすがに経験値高くて復帰も早かったですけど、それでも普段どおりに戻るまで三日かかってます。昨日ようやく人前に姿を見せられるようになったばかりです。
雄太君はまだしばらくは気が抜けないでしょう。戸山さんに縋ってくれているのが救いです」
「ホシは……」
「獣にすら劣ると思っていますよ、俺は。精神的には随分たくましく成長したとはいえ、あの細い外見です。あんな子に無体を強いることができるなんて、鬼か悪魔でしかないでしょ」
身内だからこそというべきか、憤慨の表情を隠さない。
職場では肩を持つ発言が出来ない分、鬱憤がたまっているのだ。
武人の気迫のあるその態度に、孝虎も満足そうに頷いた。
「サツで内偵を送り込んできたのをこっちでも利用させてもらうことになった」
「……なった、というのは?」
「電話もらったとき、ちょうどその会議中だったのさ。
あんたの立場から断るとは思ってなかったからな、しっかり役割を振ってある。
我々としてはまだヤクザの構成員として面の割れていない人間は好都合なんだ。それを理由にして、内偵と見破ることも出来ずに重要な役割を振った、って表向きが作れるだろ?
素人が相手じゃ、俺たちが制裁を下すことも出来ない。だったら国家権力を利用させてもらうさ」
「ダブルスパイをしろ、ってことですかね?」
「今回の場合、一番有効だろ? ヤクザの恋人って立場を職場にうまく隠しているあんたの手腕を買ってるのさ。期待してる」
「この件に関してだけですよ。俺も仕事を辞める気はないんです」
「辞める気があるなら、とっくに辞めてるだろ。四年の実績はこっちもちゃんと評価してるし、だからこそあんたを窮地に陥れる気もねぇ。
だいたい、そんなことしたら七瀬に怒られるだろ。あんた、気に入られてるからな」
大倉組組長七瀬と同年代で幼馴染だからこそ、互いに互いをよく理解している。
普段穏やかな七瀬も怒ると恐いのだ。頭が切れる分、敵に回すことは出来る限り避けたい人物である。
それは武人もまた四年の付き合いの中で理解しているからこそ、七瀬に怒られる、という事態を避けたい孝虎の判断を信用する。
彼は、本気で怒らせるべき相手ではない。穏やかといってもそこはやはり、ヤクザの組長なのだ。
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