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 亀有といえば少年誌の長期連載漫画で有名な東京の下町だ。

 この昭和情緒あふれる街の路地裏に、怪しげな木製の看板を掲げる事務所がある。
 何しろ『住吉組』の文字しかないので、何を生業にしているのかも不明なのだ。

 もちろん、稼業を知っていればそれは当たり前だと簡単にわかるものであるが。

 普通は課で子飼いの情報屋を通じて入り込むものだが、武人はその紹介を断った。
 情報屋を通しては疑ってくださいといっているようなものだ、などと同僚には嘯いて見せたものだが、その実、そもそも武人には不要なのだ。その代表者ともいうべき人と顔見知りなのだから。

 警視庁の組織犯罪対策課に所属する武人に今朝下された指令は、東京都北東部の一部を支配下に置く広域指定関東双勇会系二次団体『住吉組』の内偵調査だった。
 先日の三郷会銃撃事件を受けて情報収集に躍起になっていた警察からは、関東に三つ巴で君臨する三会派の代表者が集まって会合を開いた場所として一躍脚光を浴びた組織である。

 そもそも、下町で地元任侠として細々と大人しく活動しているからといって、警察も軽視しすぎだろうと武人などは思うわけだ。
 それは、現若頭と顔見知りであるからという身内びいきも多分に篭められているのは否めないが。

 事務所のすりガラスの重いガラス戸を押し開けると、セキュリティロックのちゃんとかかった扉がついた壁に囲まれて視界をさえぎられる。
 花が飾られて内線電話も置かれていて、荒々しさなど感じられない表玄関だ。
 一般企業と間違えたかと一瞬不安になるが、ちゃんと組の名を貼り付けたプレートが置かれてもいる。

 武人は内線電話の受話器を上げると、斜め上に隠すように設置された監視カメラを見上げながら電話口の応答を待った。

「恐れ入ります。十四時にお約束した吉井と申します。若頭はお出ででしょうか?」

 アポイントメントは恋人に教えてもらった携帯の電話番号にかけて直接取り付けたけれど、何しろ急な話だったため相手も出先にあって、快く迎えてくれる旨の了承は得ているもののほぼ同時刻に戻るという話だったのだ。案の定、電話に出たのは別の人間だ。

 そこで待てと言われて佇んでいると、大した時間も待たずにセキュリティロックが解除された音がして扉が開かれた。
 顔を出したのは、この組織で顧問弁護士を務めるおっとりした美青年だった。

「いらっしゃい、吉井さん。お久しぶりです」

「こんにちは。春賀さん直々にお出迎えいただけるとは、随分と好待遇ですね」

「ちょうど手が空いてて、近くにいたからですよ。中へどうぞ」

 相手が警察官であることは知っていて、迎え入れることに躊躇がない。
 そもそも武人の恋人を通じて知り合った仲であって、その恋人と順調な関係だと知っているからこそ警戒されないのだろう。
 この組を裏切るということは恋人を裏切ることと同義だ。

 先に立って歩いていく春賀を追いかけて、武人はざっと事務所内を眺め、レイアウトを把握した。
 監視カメラはエントランスだけのようだ。半分は仕事をしているようには見えない態度ではあるが、そこにいる二十名が一応PCに向かっている。

 案内されたのは左手の壁に設置されたドアのうち、一番奥だった。
 案内表示プレートなどはないが、社長室のような趣だ。

 先に入っていった春賀に促されて室内に入ると、春賀は丁寧にドアを閉めて改めて室内で待っていた人物に向き直った。

「じゃあ、俺は仕事に戻るね」

「あぁ。悪かったな、使いっぱしりさせて」

「手が空いてたんだから良いんだよ」

 じゃあ、と手を挙げて挨拶をして、入ってきたドアとは違うもう一つのドアを開けて出て行った。そちらが彼の仕事場であるらしい。

 室内は随分と散らかっていた。
 資料が山積み、モニタ一つにPCを三台接続し、プリンタには出力したままの資料が置きっぱなしだ。
 応接セットもあるにはあるが、あふれる資料がそちらにまで侵食していて急な客に対応できそうにない。

 室内を見回す武人の姿に、どっしりとした紫檀の机の前で革張りの安楽椅子に腰掛けていた男、住吉孝虎が苦笑を見せた。

「悪いな、散らかってて」

「いえ、最近忙しいでしょうから、構いませんよ。
 それより、これからしばらくお世話になります。せっかくなんで、まずはこの部屋の片づけから手をつけましょうか?」

「ん〜。じゃあ、頼もうかな。いつまでの予定だ?」

「ひとまず一ケ月。その先はここで掴む状況次第になりますが、上司判断だから俺にも何とも言えないんですよ」

「ふぅん。あんたなら内偵なんてしなくたってそれなりの情報をすでに掴んでるだろうになぁ」

「きっかけがないと職場には明かせないですよ。こちらにご迷惑はおかけしません」

「そこは心配してない。どうせだから扱き使わせてもらうよ。さすが公務員、って七瀬が絶賛してたからな、お手並み拝見だ」

「お手柔らかにお願いします」

 顔見知りとはいえ本当に顔と名前を知っている程度の関係だ。
 つまり、武人の恋人を信頼しているから武人もこうして受け入れてもらえるということ。
 普通内偵となれば、出入りの情報屋に成りすましたり、借金を抱えて転がり込んでくる設定だったりするのだが、武人は自分の立場をうまく利用したことになる。
 それだけに手を抜けないともいえるが。

 自分の申し出通り室内の片づけを始める武人をしばらく眺めて、孝虎も仕事に戻った。

 最近の騒動で本来の業務に障りが出ているのか、仕事を始めてから孝虎の手はノンストップでキーボードを叩いていた。
 報告書でも打ち込んでいるのだろう。時折プリンタが稼動して新しい書類を吐き出す。

 まずは使い物になっていない応接セットを片付けて、あちらこちらに散らばっている資料を集め、内容をざっと確認して情報ごとに分けていき、ページのついているものは並べかえ、片付けの最中に見つけたクリップでまとめて留めていく。
 本当はファイリングしたいところだが、文具の置き場所等は聞かないとわからない。





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