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 すでに準備は整っていたようで、すぐに前菜とスープが運び込まれてきた。
 中国式の会食など初体験の雄太は、七瀬が取る行動をじっと観察して真似をするので精一杯だった。

 食事をしながら、本来彼らが顔を合わせる目的であった意見交換が進められる。
 関東双勇会総長から、最近被害報告が増えている東京都内でも高級住宅街のあたりで起きている連続強盗事件について、中国側の動向と見解を探ってくるようにと指示を受けて来ているのだ。
 今回の窃盗団は妙に組織立っていて尻尾をつかませない厄介な連中だ。
 これが中国系犯罪組織をバックボーンとしていると専らの噂で、その真相が知りたいのだ。

 七瀬が話題に上げた窃盗団の話に、黄は少し不機嫌さを見せた。

「(確かにその件については我らが同胞であると耳にしている。異国において我々中国人はまとめて一つと見られることが常であるが、それ故に実に迷惑な輩よ。我々の品位まで貶められてしまう)」

 元々反日教育に否定的で、それが故に反体制組織に転落してきた黄にとって、歴史ある中国人の誇りと道徳に順ずる品位は何より重要視すべき事項だ。
 必要があれば悪事でも躊躇しないあたり道徳を重んじている人間とは断言しがたいが、能力を認められてこの日本に支部長として派遣されてきて、黄は実に居心地の良い思いをしているらしい。
 年長者には礼儀正しく度胸も実力も目を見張れるほどにある七瀬のことを殊の外気に入っているのも、自身のそんな性格からだろう。

「黄さん。つまり、神龍会には心当たりがないと判断して良いですか?」

「(申し訳ないが、今のところ断定しかねるとお答えするしかない。だが、君たち関東ヤクザの現況を鑑みるにその程度の無頼に手を煩わされている場合ではないだろう。同胞の始末は我々が引き受ける。早々に片付けよう)」

「ありがとうございます」

 会話の内容としては、神龍会という中国マフィアが警察が手をこまねいている窃盗団の捕縛を引き受けるという、まるで正義の味方のような内容だ。
 本来警察に任せておけば良いような事項に彼らが動くのは、もちろん彼ら自身の利害に悪影響が及ぶからに他ならない。
 正直なところ、自らの組織に従わない自らの組織の縄張りで活動する犯罪組織など、邪魔なだけなのだ。
 保身のために不要な存在を排除するのは、至極当然の行動だというわけだ。

 七瀬と黄の関係も、個人的な友情はまた別問題として、組織同士の利害関係によるものである。
 横浜を基点として広範囲に活動を展開する神龍会日本支部としては、日本という土地に古くから根ざしているヤクザ組織と交渉を図るための足がかりとして大倉組を利用しており、反対に中国マフィアという世界展開している組織の動向を探って日本の保身を図るための情報源に神龍会日本支部を利用している。
 これは、大倉組としてというよりは、関東双勇会という巨大組織の窓口としての扱いであると認識して良いだろう。

「(対価としてというべきか、一つ頼まれてくれるかな?)」

「今回の件の情報ですか?」

「(敵の目的が定かでない以上、関東にある反体制組織は警戒をしてしかるべき事態と考えて良い。我々もまた、話によっては保身を考えねばならん)」

「確かにそうですね。敵の影が見えるまでは気が抜けない事態です。もちろん、随時報告しますよ。メールで良いですか?」

「(もちろんだ。頼むぞ)」

 こくりと頷いて請け負う七瀬の返事に、黄も満足そうな表情を見せる。
 七瀬という人物を信頼しているからできる頼み事だと思えば、その信頼に応えようと思わないわけがない七瀬である。




 仕事の話が終わった後は世間話を肴に酒を酌み交わすだけだ。
 中国に仕事で戻った際に購入してきたというとっておきの酒を黄から振舞われ、酒に強いはずの七瀬も気持ちよく酔っ払ったようだ。

 やがて日付が変わる直前くらいに宴もおひらきとなり、七瀬はいつものように黄と東翁にエスコートを受けて部屋を出た。
 ガードとして同行した松兼と飯田という二人が一足先に出て準備した車の前で頭を下げて迎える。
 ずらりと並んだ神龍会の舎弟たちの一糸乱れぬ行動に負けじと張り合ったおかげだろう。普段の斜に構えた態度が嘘のようにかしこまっている。

 松兼が急ぎ足で運転席へ移動し、七瀬は雄太を飯田がドアを開けてくれている後部座席に先に乗るように促した。
 改めて黄と東翁に抱きついて別れの挨拶を告げた七瀬が車に乗り込むと、飯田を助手席に収めて車は帰路へ向かって発車した。

 ずらりと並んで見送る神龍会の集団を離れてすぐのことだった。

 差し掛かった路地から何故そんなところにいたのか不思議になるほどの大型トラックが突進してきて、重厚なはずの黒塗りの高級セダン車である彼らの車の横に突っ込んだ。
 車体重量もそのサイズにしては重い方だが、十トントラックには敵うはずもない。

 驚いたものの助けにすぐさま行動する神龍会の面々の目の前で、トラックの後部ハッチから降りてきた数人の人物がセダン車の後部座席に守られて傷こそないもののショックで気を失った七瀬と雄太を引きずり出し、トラックの荷台に押し込んで彼らも乗り込んで走り去っていく。
 ほぼ全速力で走っている神龍会の舎弟たちも間に合わない、一瞬の出来事。

「(追え! 逃がすなっ!!)」

 風のように去っていく誘拐トラックを指差して黄が声を張り上げ、舎弟たちは一斉にそれぞれの役割に従って走り出した。
 駐車場に集められていた車が次々に飛び出して追跡を開始する。

 とはいえ、トラックはすでに見えないほどに走り去った後で行方も分からず、大規模運送会社のロゴが車体に書かれたトラックは、それだけに目印にもならない。
 頼りのナンバープレートも隠されていた。

「(姜。何としても見つけ出せ。我々の面子にかけて)」

「(承知いたしました)」

 深く頭を下げて請け負う姜に任せたぞと言い残し、黄は携帯電話を取り出しながら店内へ戻っていく。
 東翁もまたすでに携帯電話でどこかへ連絡を取っていた。

 残されたセダン車から、即死だった松兼の遺体と見るからに重傷ながら何とか息を吐いている血だらけの飯田が助け出されるところだった。





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