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あれから一ヶ月が経っていた。
世間は殺人サイトと称した問題のサイトの検証をずっと繰り返しており、ヤクザを襲った一般人の話題で持ちきりだった。
被害者が暴力団という反社会的組織だったことで肯定的な意見が出る一方、その手段に銃や爆弾を使う荒っぽい手口から否定的な意見も当然あり、今回の件では暴力団側が無抵抗で沈黙を守ったおかげもあって同情論も出ている。
大学には被害を受けた二週目から通い始めている雄太は、友人たちの多様な意見を肯定も否定もせず耳を傾ける一方だった。
事件の全容を一般市民より良く知っている立場だけに、余計なことは言えなかったのだ。
結果として、事件に関わった実行犯はすべてサイト接続履歴を元に特定され、全員が拘置されている。
これから裁判が始まるが、人数が多いだけに時間はかかるだろう。
サイト主催者も、暴力団のバックはあったものの業務内容に不審な所のない一般IT企業の経営者が逮捕されていた。
暴力団の指示でもなく面白がってやったと供述しているとマスコミには発表されている。
どうやら、武人の思惑は警察の総意となったようだ。
体制側である警察には珍しいといえる決定だけに、武人自身ですら驚いていたものだ。
裏社会に属する犯人グループの人間は、強盗団を仕切っていた中国人とサイトの開設および誘導を指示した更科のみと特定され、中国人は神龍会が、更科は他の二組織に委任された関東双勇会がそれぞれ秘密裏に処分していた。
どちらも今現在誰にも見つからないような場所で生き地獄を味わっている。
更科の失脚で抜けた理事の席は、先日の会合で大倉組が引き継ぐことに決まった。
若すぎると反対意見も多かったが、総長以下三役と理事、理事補の総意が優先された形だ。
後日吉日を選んで任命式を正式に催すことになっている。
今夜はその前祝だとして、雄太は授業終了後すぐ帰宅するように恋人から厳命を受けていた。
屋敷の前庭にはすでに何台もの別運輸局ナンバーの高級車が停められていた。
「お帰り、雄太」
帰宅が分かっていたのか、恋人が玄関に出て出迎えてくれた。
それに対してただいまと返しつつ、雄太は周囲を見回して首を傾げる。
「急いで帰ってきたつもりなんだけど、遅刻しちゃった?」
「いや。みんなせっかちなだけさ。着替えておいで」
背を押されて、雄太も少し急ぎ足で自室に向かった。
先ほど見た車のナンバーから、客人は大体見当がつく。
練馬ナンバーは住吉、湘南ナンバーは結城だろう。
横浜ナンバーもあったから、中華街からも誰か来ているのかもしれない。
メンバーについては私服も知っている相手だが、今夜は名目のはっきりした宴の席。
ヤクザの構成員らしく、滅多に着ないダークスーツを選んで着替えて大広間へ顔を出した。
そこに集まっていたのは、大体予想通りだったが。
予想外の顔もあって雄太は驚きそちらへ近寄っていく。
「ユキ、シュウ。来てたんだ。昨日のメールでは何も言ってなかったのに」
それは、一泊だけして慌しく本国へ帰っていた雄太の親友たちで。
雄太が急ぎ足で近寄っていくのを手を広げて迎えてくれる。
「今回は迷惑もかけたしね。せっかくの慶事だから、これは是非お祝いに来なきゃって話してたんだ。ユタも元気になっててほっとしたよ」
今日は彼の正装らしく龍の刺繍を施した派手な中国衣装を身に纏った周亀にそのように言われて、納得と同時に心配されていたことが嬉しくて微笑んだ。
友人から心配されることを素直に喜べるほど、精神も安定している。
今振り返れば、心配して駆けつけてくれた友人たちに平静を装うことしか出来ていなかったのだと思えるのだ。
「うん。ありがとう」
ニコニコと笑っていてくれる周亀の隣の雪彦にも笑顔を振りまき、頭を撫でられてくすぐったそうに笑った。
見回せば、部屋の片隅には送り主のネームプレートが立てられた花籠がいくつか並んでいる。
双勇会総長に、今回同じように被害を受けていた三郷会と林野組からのものだ。
その花籠の名前を眺めていたら、雪彦が隣から声をかけてきた。
「襲名披露では出られないから、神龍会名義で祝花を贈るように手配しておいたよ。多分すごく立派なものが届くと思うから、楽しみにしてて」
「うーん。本家に飾られるなら僕は見られないけど」
「じゃあ、写真撮ってきてもらったら良いよ」
まるで何でもないことのように提案されて、そうだね、と雄太も苦笑いだ。
やがて、忙しく立ち回っていた若頭と若頭補佐の三人が席に着き、駆け込んできた仕事帰りの武人も末席に自分の席を用意し、組長補佐に先導されて七瀬が座敷に姿を見せる。
「今日は私事にも関わらずこのようにお集まりいただき、まことにありがとうございます。今夜は改まった席ではございません。どうぞごゆっくりご歓談ください」
あっさりした挨拶を述べる七瀬の様子はいつもと変わらず、しかし黒紋付の正装をしたその立ち姿は凛として少しの威厳も衰えなく。
ビールのグラスを手におもむろに立ち上がった孝虎が、そのグラスを高々と掲げた。
「我が友の晴れの日を祝し。乾杯!」
『乾杯っ!』
座敷に集まった全員のグラスが同じように掲げられ、全員の声が唱和する。
満面の笑みで、七瀬はそんな彼らに深く頭を下げていた。
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