40




「で、三つ目は?」

「黒狼会系三次結城組を通じ、黒狼会本部長より至急の三者会談の申し入れがありました。
 場所はこの双勇会本家。本日十三時、黒狼会、銅膳会両組織より幹部数名および総長がお越しになります。
 双勇会には、更科理事を同席させるようにとのこと。拒否すれば抗争も辞さないとお考えのようです。
 同時に、銅膳会系三郷会会長、黒狼会系結城組組長、それと私、関東双勇会系大倉組組長三者に対し、直接招致を頂いております」

 こちらへは有無を言わさず、二組織のトップが押しかけてくるというのは尋常ではない。
 それに、今回被害のあった三組織は別途声がかかっているというのだから、今回の事件について目ぼしい情報が手に入ったのであろう事は容易に想像がつく。
 さらに、拒否すれば攻撃するとまで断言された更科理事の同席要請は不可解だ。

 どう聞いても穏やかではない話だが、名指しされた更科以外は特に直接的な身の危険も感じられず、怪訝な表情を見せつつ更科に視線を向けるだけだ。

 名指しされた更科はもちろん聞き流せる話ではなく、声を荒げた。

「何故私が名指しされねばならん!」

「そうおっしゃられても、私はただ伝言をお伝えしているまでですから」

 話を聞いて、西藤組長がそっと席をはずしていく。
 時刻はまもなく正午になろうとしている。客を受け入れる段取りを急がせなければならない。

 素っ気なく伝書鳩でしかないことを七瀬が告げれば、それ以上ここで抗議しても無駄であることはバカでもわかる。
 七瀬どころか、ここにいる誰にもその言葉に責任がないのだ。

 二の句が次げなくなった更科を見やり、昇はふむと考える仕草を見せる。

「抗争を望む気はさらさらないからな。更科を同席させるのに異論はないが。お前はその理由を聞いていないのか?」

「更科理事が経営しておられるIT企業であるインテリジェンスソリューションが例のサイトの主催であるとつきとめられたそうです」

 それはおそらく、間違いない情報だろう。
 美岐経由でもたらされた情報も、直接黒狼会本部長から届いた招待状も、武人を通じてもたらされた警察情報も、すべて同じ社名が告げられていたのだから。

 ありがちな社名であるから、社名だけを告げられていれば同名他社だと言い訳もできたかもしれない。
 しかし、黒狼会本部長から届いた招待状はわざわざ黒狼会の本部組員が訪ねてきて直接手書きでしたためられた招待状を渡されて告げられた招待であり、招待状に添付されてサイト主催者の接続情報として更科組がフロント会社として設立しいかにも一般企業であるかのように登記されている会社の情報がそのまま記載されていたのだ。

 一旦席を外した西藤が七瀬宛のFAXがあったと手渡してきたそれは、大倉組に届いた招待状そのものだった。
 その紙は七瀬から昇の手に渡り、同席する全員に回覧される。

「更科。申し開きがあるなら直接黒狼会本部長に言うことだ。
 客人は俺と西藤、大田の三人で出迎える。二見、中川。お前たちは更科を連れて大座敷に先に入っていろ」

 呼ばれた二人はどちらも更科と同じ理事である。
 つまり、理事の目付け役に理事以上の立場が必要で、総長以下三役は客の接待に忙しいため理事の二人が抜擢されたわけだ。

 畏まって請け負って、二見と中川が更科を促し部屋を出て行く。
 ついで、大田本部長も客を迎える準備のために退室していった。
 残ったのは昇と理事補五人と七瀬だけだ。

 しばらく沈黙が降りた後、昇がボソリとぼやいた。

「理事が一つ空くな。お前ら、上に上がるか?」

 普通、序列からいっても、順番に地位を上げていくものだ。
 理事補についている彼らが理事を目指すのは当然だろう。
 しかし、問われた五人はそれぞれに顔を見合わせていた。

 率先して意見を述べたのは深山だった。

「この際、大倉に就いてもらえば良いんじゃないですかね?」

「……えっ!?」

 そこで自分の名が出ると思わず、七瀬が聞き返してしまっている。
 何しろ、今現在無役の七瀬以上に適役な人物は大勢いる。
 ここに居並ぶ五人もいずれ劣らぬ実力者ばかりだ。
 彼らに比べれば七瀬などまだまだヒヨッコだと自覚している。

 従って、七瀬は少し慌てたように手をパタパタと振った。

「私などまだまだ役者不足です。みなさんのうちのどなたかが就かれるのが妥当ですよ」

「そうは言うがな、大倉。
 俺と横山はもうそろそろ隠居を考える年だし、松永は最近部下の不祥事で制裁を受けたばかりだから時機的に無理だろ。
 藤田か瀬川しか候補がいないんだがな」

「私は今理事をお受けするのは無理ですよ。
 シマ争いで地元がバタついていて、慶事を引き受けられる余裕がない」

「うちは、昨年の事業の失敗がまだ尾を引いていて、上納金もまともに納められない状態です。数年は動けませんよ」

 いずれ劣らぬ実力者であるのは間違いないのだが、どうやら時機が悪いらしい。さらに重ねて、昇も説得に加わる。

「となると、今度は無役の組から適任を選ぶわけだが、その中で有力候補となると昨年の上納金が多い者を重視するのが自然な流れで、とすると住吉か大倉に自ずとなるんだよ。
 住吉は今、若頭が前面に立ってるってぇ特殊な状況だしな。
 幹部陣がしっかりしていて中国に人脈がある大倉にどうしても軍配が上がるのさ。
 どうだ。引き受けちゃくれねぇか?」

 総長という立場上、命令して任に就かせることも可能だというのに、昇はどうやら本人の意思を尊重したいらしい。
 昇に下手に出られては無碍にすることも戸惑われる。

 が、七瀬はやはり即答を避けた。

「少し考えさせていただけませんか」

「あぁ、もちろん構わない。まだ正式な任命でもないしな。旦那にも相談が必要なんだろ。色好い返事を期待している」

 むしろ断ってくれるなと念押ししたいところだが。
 まだ三十代半ばの若手である七瀬の理事抜擢はさすがに異例だ。
 周囲の悪意に晒されることは想像に難くないとなれば、無理強いもできないのだ。
 そのくらいは軽々跳ね除ける人間だと評価しているからこその打診ではあるのだが。

「まぁ、ひとまず今日のイベントを片付けようじゃないか。七瀬も先に座敷に行っていて良いぞ」

 返事は急かさずそう言って昇も部屋を出て行く。
 用事の済んだ理事補たちもそれぞれになすべきことをなすために退出していき、最後に七瀬が残された。

「……もしもし、晃歳?
 ……うん。ちょっと時間空いた。
 ……え? うん。
 ちょっと困った事態。
 ……ねぇ。
 次の理事、打診されちゃったんだけど。どうしよ……」

 組長という重責を背負って頑張ってきた七瀬が唯一弱音を吐ける相手に、電話をかけてしまう。
 組長という立場ですら時々重荷だというのに。
 それを一緒に背負ってくれる伴侶に甘えてしまうのは、今の七瀬の精神状態では仕方のないことだった。
 これを気遣って支えてくれるのは、やはり電話の向こうにいる人物だけだから。

「引き受けて、良いかな……?」

 電話の向こうでは、とっくに七瀬の中で結論が出ているではないかと晃歳が笑っていた。
 共に歩いていく覚悟を決めてある男の、頼りがいある笑い声だった。





[ 40/41 ]

[*prev] [next#]

[mokuji]

[しおりを挟む]


戻る



Copyright(C) 2004-2017 KYMDREAM All Rights Reserved
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -