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捉えた襲撃者を警察に引き渡して事務所の片づけを済ましてしまえば、二人の時間はポッカリと空いてしまった。
元々黒狼会本家に出かける予定が入っていて午後を空けていたので、出かける予定がなくなってしまえばすることもないのだ。
仕事を前倒しすれば良いことではあるが、ヤル気も起きない。
そのため、今日は早々に帰宅してしまっていた。
久しぶりに二人揃って台所に立つ。
今日の夕飯は孝臣が自慢の腕をふるってくれて、焼き魚とナスの揚げ浸しに潮汁をつけた純和食だ。
美岐は、大根を摩り下ろしたり三つ葉を洗ったりといった細かい手伝いをしている。
「孝臣ってホント、意外性の人だよねぇ。可愛い物が好きだったり、料理が得意だったりさ」
「料理ったって、このくらいなら手間もかかんねぇしな。魚は焼くだけだろ、ナスは素揚げしてつゆかけるだけだし、汁もんは砂出ししてある貝を茹でて塩振るだけ」
「その『だけ』が難しいのに」
いずれも焼き加減やら味付けやらに腕が如実に現れる。
センスが良くなければ美味しくならないものばかりだ。
手をかけているつもりのない孝臣は、そうか?ととぼけた反応だが。
「千葉。行かなくて良かったの?」
「オヤっさんが来なくて良いってんだから、問題ないだろ。必要な報告はしてあるしな」
友人である双勇会系住吉組若頭の住吉孝虎に連絡し、その電話で双勇会幹部に報告したこととほとんど同じ内容を、孝臣からも直接黒狼会へ報告済みだ。
ついでに、個人的に付き合いのある銅膳会本部長にも同じ内容で連絡してあるため、結城組事務所襲撃事件については三会派でほとんど同じ情報を持っていることになる。
「そういや、住吉のに聞いたサイトだがな。うちの本部長が大分興味を持ったらしくて、調べてみるって言ってたらしいぞ」
「うちのって、黒狼会?」
「あぁ。あの人のところは、ネットに強いからな。サーバ割り出すくらいは朝飯前なんじゃねぇか?」
実際のところ、そのサイトの情報は情報伝達係の襲撃被害と重なってしまったせいで黒狼会が一歩出遅れてしまっているのだが。
「警察でも調べてるらしいけど」
「遅れを取りたくないんだろ。今回被害がほとんどなかったおかげで、っていうか明日の予告にも関係ないしな、うちが一番動きやすい。その分、手柄を立てたいんだよ」
「うちの手柄で十分でしょうに」
「うちは完全に偶然だけどなぁ。弾みをつけたいのさ。被害が少ない分、少し後ろめたいのかもしれないな」
確かに、と美岐も頷いた。
被害は三者平等ながら、一方は幹部に死者が出ていて、一方は舎弟二人を失った上に組長と役付きに暴行被害が出ている。それに比べれば、爆弾被害とはいえ人的には無傷で物が少し壊れただけだという結城組の被害は少なく見えてしまう。
さらに、明日の予告も黒狼会には該当する組織がない。来週の予定にはずばり黒狼会系だろうと見られる地帯が挙がっていたが。
「主催者くらいは逃がしたくないな」
「あぁ。本部長は、実行犯は寄せ集めの素人だろうが、サイトの主催はこっちの人間かもしれないと言っているらしい」
「こっちの? ヤクザ的というよりは、むしろニートかIT業界人かと思うんだけど?」
「先入観に捉われるなってことだな」
「それは確かに。どっちもありえる」
さてできた、とグリルの火を止めて、孝臣は隣に立っておしゃべりしたまま手持ち無沙汰気味な恋人を見やった。
「飯をよそってくれ。食事にしよう」
「了解〜♪」
歌うような楽しそうな返事に、孝臣の手料理を楽しみにしていたのがわかって、そんな伴侶の反応に孝臣も幸せそうに微笑んだ。
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