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一方、七瀬の自室でも晃歳の手で傷薬を塗られているところだった。
「大分治ったな。薬の必要なところはなさそうだ」
「そう? 良かった」
傷の確認のため、全裸でベッドに寝かされている七瀬がそう答えた。
三十五歳という年齢にしては皺も弛みもない整った肌をしていて、傷跡だらけではあるものの十分触りたくなる肌だ。
この肌に現在唯一触れることを許されている晃歳は、遠慮なくそれを指先で撫でた。
くすぐったそうに身を捩りながら、七瀬も嫌がる様子は見せていない。
「解禁だよな?」
耳元に囁くような確認の言葉に、七瀬は首をすくめた。
「そんな、待ちかねたみたいに……」
「実際、一日千秋の思いだったからな。ようやく俺の手に取り戻せる」
若い頃はほとんど日替わりで誰かの腕の中にいた七瀬だが、組長の肩書きを得てからは晃歳が唯一になっている。
そのせいなのか、七瀬の意識よりも晃歳の意識の方が俺のものという思いが強い。
もちろん七瀬もそのつもりではいるが。
「最後に七瀬に触れた人間が俺じゃないという状況が腹立たしいんだ。七瀬の最後の男は俺だってのに、見も知らない奴に奪われたままじゃな」
「変なこだわり……」
「仕方ないだろ。出会いが遅かったのが悪いんだ。最初の男はわかってるんだから、張り合うなら最後しかない」
「その最初の男は息子まで奪っていったしね」
「それも仕方ない。そもそも雄太を保護したのが仁なんだしな」
「そうだね」
うんうんと頷いて同意を示し。そうしてから七瀬も晃歳に両手を伸ばした。
「俺はもう、ずっと晃歳だけのものだよ。晃歳でしか感じたことないもの」
まるで唯一の相手だとでも言うように。七瀬の返事に晃歳も満足して笑みを浮かべた。
「やっぱり感じなかったか」
「うん。痛みも快感も何も。すぐ近くに雄太がいたのに助けられなかったのが心残りだよ」
「感じてなくても暴力を受けていたのは変わらないんだから仕方ないさ。雄太はそれこそ仁に任せておけば良い」
うん、と頷いて、覆いかぶさってくる恋人に両手を絡めてしがみ付いて。
降りてくるキスに自分も舌を絡めた。唇を合わせているだけでほっとできるのもこの相手だけだ。
「やっぱり晃歳はあったかい」
「そりゃ、人の肌だからな」
何も感じないことがそもそもおかしい。
だが、そうしなければ精神を保てなかった過去があり、だからこそ暴行を受けても比較的早く復帰できたのだ。何が悪いと一概に言えるものではない。
晃歳の恋人としての役目は、そうして心を守るために張った殻を取り除いてやることだ。
「今夜は眠れないと思えよ」
「事件は明日が山場なのに?」
「直接報復したいというならいざ知らず、今回はサツ任せだろう? 七瀬が臥せっていても誰も問題にもしないさ」
まさかそんなはずはなく、中国との橋渡し役を担っているのだが。
それだけなら、原因を作った晃歳に丸投げでも問題はない。
むしろ、貴文で十分役目を果たせる。
一瞬は晃歳の言い分に呆れた七瀬だったが、結論は無抵抗を選んでいた。
七瀬もまた、恋人の手に抱かれたい気持ちは同じなのだ。
「ほどほどでお願いします」
「善処しよう」
ほぼ同格の立場で無責任極まりない発言を連発していた晃歳も、最終的には折れる方向で落ち着いたらしい。
手元のリモコンで照明を落とし、足元に蹴っていた毛布を引き寄せて。
晃歳の最初だけはそんな紳士的な態度に、七瀬は幸せそうに笑みを浮かべていた。
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