35
風呂場の前で友人たちと別れて、恋人に抱き上げられたまま自室である離れに戻る。
風呂上りには仁に傷薬を塗ってもらう約束で、雄太は着ていたパジャマを脱ぎ捨てた。
薬局の名が書かれた紙袋から薬のチューブを取り出して振り返った仁は、目に入った一糸纏わぬままそこに立っている恋人の姿に思わず立ち尽くしてしまった。
ほとんど瘡蓋になっていて傷薬もいらないくらいだが、傷跡はやはり痛々しい。けれど、それ以上に湯上りの上気した肌色が艶かしい姿だ。
「……ダメ?」
ふっくりと勃起しかけた性器に、潤んだ目元、薄く開いた唇、少し覗いて見える舌。
どれも仁の欲情をこれでもかと煽ってくる。
これでもなけなしの理性を総動員している仁には抗い難い魅力的な状況なのだ。
何とか深く溜息をついて雄太の裸体から無理矢理視線をはずす。
「さっきも言っただろ。傷が治るまで我慢だ」
「ホントはしたくないんじゃないの!?」
「……雄太」
「だってっ!
……だって、不安なんだよ。
僕、まだ仁の隣にいられる?
ちゃんと魅力的に映ってる?
恋人として相応しくいれてる?」
「雄太……」
最初は興奮してしまっているだけに見えた雄太の肩が、言葉を繋ぐたびに落ちていく。
段々と気を張っていられなくなっているのだろう。先ほどの勢いも、そう考えれば虚勢だったのだとわかる。
だから、仁はそっと雄太に近寄りその華奢な肩を抱き寄せた。裸の姿は少し寒そうで腕の中に包み込む。
「愛しているよ。本音を言うなら、今にも押し倒したい。
あんまり煽ってくれるなよ。俺の理性なんてそんなに頑丈じゃないんだぞ」
「だったら……」
「だから、傷が治ってからだ。表は随分良くなったが、中は酷かったしな。悪化させちまったら俺が辛い」
「……平気なのに」
「薬塗るだけでも痛がってるくせに何を言うか」
「じゃあ、薬塗るのに痛くなかったら良い?」
「……どうしてもしたいんだな」
「うん」
どうやら今日は引く気がないらしい。
むしろ普段が一歩引いてばかりの雄太だから、よっぽどのことだと反対に教えられてしまう。
だから、仁は深く溜息をついた。観念した、ともいう。
「仕方ない。けどな、雄太。少しでも痛かったら無理はするな。今無理すると治療が長引くぞ」
「うん。痛かったら痛いって言う」
「約束だ」
小指を出されて小指を絡めて。指切りという約束はヤクザの世界でこそ普通以上に重要な意味を持つ。だからこそ、その世界で生きる二人には何より優先される約束事だ。
「とりあえず、薬を塗るのが先だ。ベッドに上がれ」
「はーい」
自分の要望が通ったから、素直な良い子に戻る。そんな雄太に仁は怒るに怒れず苦笑するだけだった。
雄太に捨て身で訴えられたからこそ、中には入れられなくとも性的な意味でちゃんと抱いてやろうという気はあるから、仁は雄太の身体を覆う傷跡を一つ一つ確認しながら口づけを落としていった。
傷のない性感帯にはキスマークをつけるほどに強く。瘡蓋になった傷跡には触れるだけのキスを。
傷ついた心まで癒すようにキスの雨を降らせていく仁に、雄太も頬を染めて身悶えた。
仁の無骨に見える手が施す愛撫は身も心も蕩けるように繊細で濃厚なものなのだ。過去の自らの経験が活かされている。
性商売は仁に任せておけば大丈夫と組長に太鼓判を押されるのもそのせいだ。
一番にその恩恵を受けているのが雄太だ。初体験を含めて、焦らされて身悶えて辛い思いをしたことはあっても、痛みを感じたことはただの一度もない。
「あぁ。外の傷はもう大丈夫だな」
隅から隅まで実際に嘗め回しながら確認して、仁が急にそう言った。
気持ちの良さにうっとりしていた雄太がそこで始めて薬の必要な場所を探していたのだと知ったくらいの自然さだった。
そこまで確認を終えてから、仁は手にした薬のチューブを絞り、指に纏わせるようにして後腔へ差し入れた。
くるりと指を回して塗り広げていく。昨日まではそれでおしまいだったが、ここで指を抜いたら雄太に泣かれることは目に見えていて。
内側の襞を伸ばすように指を動かすと、雄太が息を呑んだのがわかった。
「痛いか?」
「痛くないっ」
「本当に?」
「ホント。もっと……」
続いた吐息が甘く濡れていて、嘘ではないと知れる。
ならばともう一度チューブを絞り、指を二本に増やした。
最初にビクッと震えた後は受け入れる態勢で身を預けてくる。
表情を見ても痛みを堪えているようではなく安堵する。
指先に瘡蓋らしい引っ掛かりが所々あるものの、雄太自身は気付いてすらいないくらいだろうか。
思い切って三本目の指を差し入れ広げていく。
生理的な涙と荒くなった呼吸はあっても、むしろ離すなとばかりに内壁が吸い付いてきた。
「本当に大丈夫そうだな」
「だ……から、だ……じょぶっ……った!」
「あぁ。そうだな」
まだ少し機嫌の悪い雄太に抗議されて素直に認めてやる。
ようやく肯定されて機嫌が直ったのか、雄太も嬉しそうに笑った。
快感に蕩けた表情のままに無防備に笑うから、下半身直撃の凶悪さなのだが。
それでようやく本当に覚悟を決めた仁も往生際が悪い。
指で十分に広げたそこに、サイドチェストに入れてあるオイルで滑りを纏わせた自身の肉棒をゆっくり挿し入れていく。
亀頭の太いところが入ってしまえば後が楽だとわかっていても、他の男に傷つけられた記憶と生理的な苦しさでどうしても呻き声を漏らしてしまう。身体も強張る。
「……ぅあっ……んっ……」
「やっぱり……」
「イヤっ!」
やめようかと続くことなど想像するまでもなく。
即拒否だ。
あまりに素早いその反応に仁が苦笑を漏らしてしまうのも致し方なかろうが。
「せめて俺のがもう少し小さかったらな……」
「……でも、ボク、仁、の、おっきい、の、好き、だよ……」
身体も呼吸も苦しいのはどうしようもなく、それでもちゃんと答えたくて、不自然に言葉を途切れさせながら訴える。
恋人に持ち物を誉められてそれがどんなに男心をくすぐるか、この状況で理解して言っているのなら無謀以外の何ものでもないのだが。
「う゛ぅ〜っ! あぁ、もう、バカ雄太! 箍外すなっ」
「んなの、いらな……。はや、くぅ……」
むしろこんな中途半端の方が辛い。
強請って手を伸ばし、仁の手に取られてシーツに追いつけられた。
最後の一言が止めを刺していたらしい、とぼんやり納得しつつ、一気に押し込まれた愛する人の分身を受け止め仰け反った。
晒される喉元に仁が誘われて噛り付いてきて。
「あぁっ!」
「愛してる、雄太……」
耳元に荒い息遣いと共に囁かれる愛の言葉に、雄太は自覚もなくふわりと微笑んでいた。
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