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雄太を挟んで二人が楽しそうに言い争っていると、背後でガラス戸が開く音がした。
振り返ってみれば、風呂場の前で弁慶よろしく仁王立ちしていたはずの仁だった。無駄な贅肉の無い鍛えられたガッシリした身体を晒して入ってくる。
あれ?と首を傾げたのは雪彦だ。
「戸山さん、門番してたんじゃないんですか?」
雄太は親友だから良いとして、雪彦は一応人妻である。
だからこその人払いだったのだが、仁は雄太の伴侶として当然一緒に入る権利があるだろうと唆されて入ってきていた。
門番を代わりに引き受けたのもその唆した人物で。
「吉井さんが、代わってやるから一緒に入って来い、ってさ」
「吉井……? あぁ、あの変わってる刑事さん」
確かに五歳は若く見られてしまう童顔に恋人の腕にすっぽり収まってしまう程度の小柄だが、若頭の恋人としてこの組織内では一目置かれている人である。
本人もマル暴の刑事などを務められる程度には腕に覚えのある方だ。
門番を交代するのに不足は無い。
「にしてもお前、随分色っぽくなったんじゃないか、その背中」
高校生の頃から雄太の恋人としていつも傍にいた仁は、だからこそ雄太の親友を年下の友人として大事に考えている。
背中を傷つけられた時も雪彦を助け出した縁もあって一番近い場所にいた年上の男だ。
だからこそ今からかい半分にそんな話を振ることが出来る。
洗い場に行ってしまった仁の意外にも綺麗な背中を眺めて、雪彦は拗ねた声を返すのだが。
「良いんですよ。どうせシュウにしか見せないんだから」
「そりゃ、俺が勝手に見ちまって悪かったな」
「ホントですよ。戸山さんが恩人でなかったらユタの恋人でも叩き出してます」
「はん。お前の裸にゃ興味ねぇ、ってそこの嫉妬深い旦那に言っとけ」
「愛されてるって言ってください。嫉妬深いのはお互い様でしょ」
まるで反目しているかのようなやりとりだが、聞いている雄太はニコニコ笑って見ているだけだ。仁と付き合い始めた高校生の頃に戻ったようで懐かしいのである。
あの時は、お互いに恋人として親友として雄太を取られたくないといった内容だったか。
互いに相手を認めているからこそ争っているのだと自覚しているのだから放っておけば良いと雄太は完全な傍観者の立ち位置だった。
仁と雪彦がじゃれあう様子を初めて見た周亀は、下手をすれば親子もありえる年齢差を感じさせないやり取りに驚いていて、隣の雄太にそっと耳打ちした。
「良いのか? あれ」
「うん。何かを取り合っているわけじゃないし、お互いに面白くないって主張してるだけだから気にしなくて良いよ」
普段から物腰低く遠慮いっぱいの雄太には珍しい辛らつな台詞だ。
しかし、それに対して周亀は驚く様子もなく、ふぅんと相槌を返す。
遠慮の要らない親友と恋人しかここにはいないから、猫を被る必要がないのだろう。
多少の意地の悪さはむしろ株取引であれだけの成功を収めておいて芯から素直な性格であるはずもなく、当然のことと受け止められる。
一応納得した様子の周亀に、雄太は意地悪気分ついでにニマッと変な笑みを見せた。
「まぁ、でも、どっちが旦那かっていうのは微妙なところなんじゃない? 対外的にはともかくさ」
その言葉に、他の三人が揃って固まってしまった。
対外的には、周亀の愛妻として性別すら偽った雪彦がしっとりとした物腰で寄り添っている。それを逆だろうと指摘されたのだから驚くより他にない。
雄太は両隣から見つめられてくすりと笑い、種明かしをしてみせる。
「太ももの裏側にくっきりキスマークついてたよ、シュウ。そんなとこ、抱かれる側じゃなきゃつけられないから」
「……ユキ〜」
「あ〜……。ごめん、そこ付けたのすっかり忘れてた。まさかユタと一緒にお風呂入るなんて思ってなかったんだもん」
太ももの裏にキスマークをつけるには、うつ伏せるか足を持ち上げるしかない。どちらも女役なら当然の格好で、男役はまずしない。
言い逃れる余地はなかった。
「いや、ほら、でもね。シュウが俺の旦那様だってのは間違いないんだよ。どっちかというと俺が抱かれる方が多いし。一昨日はたまたま抱かせてもらっただけでさ」
言い訳のように雪彦がそう言うが、逆転することがある事実は変わらないようだ。
つまり、二人の中ではどちらもアリなのだろう。
役割を固定しないのは、互いに対等だという意識があるせいだろうか。
背格好だけで見れば明らかに周亀の方が強そうに見えるが、幼い頃からつるんで年上の不良たち相手に喧嘩ばかりしていた彼らにとって見た目の違いなど大した問題ではないらしい。
「そういうのって、アリなんだ……」
「俺たちの場合、気持ちはお互いに好きだって一致してたんだけど、二人揃って抱きたい側だったんだよ。だから、じゃあ交代するか、ってなったわけ」
「シュウもユキも抱かれるのに抵抗なかったの?」
「シュウはあっさり抱かせてくれたなぁ。俺は一番最初は恐くてしょうがなかったけど」
「ユキのは仕方ない。心の傷にもろに触れたんだから。でも、恐いのは最初だけだっただろ?」
「シュウが優しかったからね」
「当たり前だ。愛する人を痛めつける趣味は俺にはないよ」
結局は惚気話になるらしい。雄太は自分の中にはなかった発想に感心しきりだ。
そんな話をしている間に身体を洗い終えた仁がやって来て、二人の間から雄太を奪い取って腕の中に抱きしめて、浴槽に浸かった。
有無を言わさない態度の仁に、その膝に座らされた雄太はその胸板を背もたれにして顔を見上げる。
「お前はどうなんだ、雄太。抱きたいと聞いたことはないが」
「……思ったこともないもの。僕は、性別を意識する前に仁を好きになってたから、抱かれる側なのが当たり前って思ってる」
「他に女をあてがってやるわけにはいかないが、俺でよければ筆下しさせてやっても良いんだぞ」
「え〜? 興味ないよ、全然」
むしろ嫌そうな反応に、周亀と雪彦は顔を見合わせて苦笑し、仁は困ったように目の前の頭を撫でる。
「こんなデカイおっさんじゃ嫌か」
「ちょっとユキ。それ酷い。僕の大事な人をおっさん呼ばわりしないでくれる?」
ぶぅと唇を尖らせて拗ねた表情をしてそんな抗議をするから、相手が仁であることが不満なわけでもないらしいと判断できて。
「実際おっさんだろ、お前たちに比べれば」
「仁も。自分でおっさんとか言わないの。
仁には酸いも甘いも噛み分けた大人の魅力があるでしょ。年の差も含めて、僕には仁しかいないって思ってるんだから。本人に否定されたら悲しいよ」
「そうか。俺で良いのか」
「違うよ。仁が良いの。他の人なんてイヤ。……ね。ヤなんだよ、仁」
「……わかってる。俺が塗り替えてやるから。傷が治るまでもう少し待て」
「もう治ったよ」
「傷薬が必要なうちはダメだろ」
何を訴えているのか、何が問題になっているのか。
同じことを考えて心配しているからこそ周亀と雪彦にもわかっていて。
判断できるのは本人たちだけだろうと思うから、口を出すことも出来ず見守るしかないのだ。
「イチャイチャすんなら部屋戻れよ」
「ユタ。気持ちは分かるが無理すんなよ。傷が悪化したら後悔すんのはそこのおっさんだからな」
「だから、おっさんって言わないでってば!」
自分を抱きしめてくれる恋人の首に自分からも腕を回して抱きついて、雄太はからかってくる二人の親友にキャンと吠えた。
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