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七瀬が出て行ったのを見送って、晃歳が今度は周亀に視線を向ける。
「目星は付いているのかな?」
「えぇ。今行方を追わせています。七瀬さんを目の前で攫われて面子が潰されたと黄が大分怒っていましてヤル気十分だったので任せてきました」
「目星どころか犯人確定のような言い方だな」
「俺とユタの関係を知っていて、日本語が堪能で、俺を良く思っていない人物というと、候補は数えるほどしかいませんから」
居場所の知れている候補者についてはすでに確認済みだ。
本人に直接当たるわけにはいかないが、ネット環境に詳しい側近でもいない限りは飛ばし接続など出来ないだろうし、その人物が使用しそうな範囲で接続履歴はチェックしている。
その上で、現在追っている人物以外は限りなく関与の可能性は低いと判断したのだ。
そもそも、インターネット接続関係に知識があって周亀を次の龍頭とすることに反対する者は絶対数が少ない。
インターネットを通じて海外の情報を読み漁っていることで自然と合理的な物の考え方をするようになり、年寄りたちの頭の固さに嫌気が差すことが多いせいだ。
その分、資本主義国で育ったことによる合理的な思考傾向と若さゆえの柔軟性は彼らに好まれやすい。
そんな革新的な側近に支えられているのも周亀の強さの一因だ。
もちろん、周亀の方でも手に入れた権力を用いて彼らの助力に報いている。
血筋が良いとはいえ弱冠二十歳の若造である。味方は手放さないに限る。
「明日には耳障りの良いご報告が出来ると思いますよ」
「それはありがたいが、ここは日本だ。無理はするなよ」
「心得ています」
雄太の傍にいるときは少し大人びたところのある落ち着いた青年に見える周亀だが、さすが裏社会のトップだ。自身ありげに請け負う返答が頼もしい。
実際大人たちには満足そうに頷かれた周亀だが、恋人の隣にいる親友だけは心配そうにこちらを見ているのに気がついて苦笑することになった。
「そんなに心配するな、ユタ。大丈夫だって」
「……でも、私事で組織を動かしたりしたら反感買うでしょう? 僕なんかのためにシュウの立場が悪くなるんじゃ申し訳ないよ」
「それは違うぞ、ユタ。俺は、俺自身を傷つけられたから報復するんだ。昔から言ってるじゃないか。ユタは俺の良心なんだって」
まるで恋人を掻き口説いているような台詞だが、本物の恋人の方もそれを当たり前のように聞いていて、そうそうと頷いてまでいる。
「そうだよ、ユタ。シュウにとってはユタのことは俺より大事なんだからね。黙って大事にされてやってよ」
「何だよ。俺がユタよりユキを優先なんかしたらお前だって怒るだろ」
「それこそ当たり前じゃん。俺の中でもユタがシュウより上位だもん」
とても中国マフィアのナンバー2とその愛妻の会話とは思えない低レベルさだが、それだけ二人とも純粋に親友を想っているのだと理解するには十分だ。
話題の中心に置かれた雄太も、中学卒業まではトリオでつるんでいた友人たちだから慣れていて、くすくすと楽しそうに笑ってみているだけだった。
実際、二人の言い争いは優先順位についてのことだけであって三人ともが友人を大切に想っている事実は変わらないのだ。
「よくこの二人から雄太を奪えたな、仁」
子供のように言い争っている二人をおかしそうに眺めていた晃歳にからかわれて、仁は軽く肩をすくめるくらいしか返しようがなかった。
「雄太自身が選んでくれただけですから」
それは実際に過去に確認したこともある事実だ。
友人二人に大事にされている雄太は、中学生の頃、つまり仁と付き合い始める前にこの二人に恋愛相談をしていたのだ。
それが実ったと聞いた二人に、直々に雄太の保護を頼まれた。というより、脅されたに近い。泣かせたら許さない、と。
「じゃあ、今回の件でガーディアン失格なんじゃねぇの?」
完全に面白がっている口ぶりの貴文に、隣で武人が小声で咎めている。
周亀も雪彦もそれには揃って首を振った。
「守れなかったのは確かにそうですが、救い出したのも戸山さんだと聞いています。それに、ちょっと手を離すだけでもユタが不安そうな顔をするほどです。引き離そうとは思いません」
「結局のところ、心の傷を治せるのは時間と恋人の腕だけですから。ユタにとっての薬だと思えば腹も立ちません」
「……俺は薬かよ」
「あれ? 嫌ですか?」
「いや、光栄だ」
何しろ、世界中に支部を持つマフィアのナンバー2が自分より伴侶より大事だと言い切る相手にとっての必要な存在だと認められたのだ。
光栄と答える以外に何と言えるというのか。
まぁ、対外的な立場がどうであれ自分の恋人が大事に思っている親友に認められたのだから光栄には違いないが。
仁の返答に、頼りきっている自覚はある雄太も甘えるように擦り寄った。
そこへ、電話を終えて七瀬が戻ってくる。
「やれやれ、昇さんも話長いんだから。お腹すいたぁ」
何しろ食事中の中座である。長話はあまり歓迎したくない。
テーブルにまだ料理がたくさん残っているのに嬉しそうな表情をみせた。
「ほらほら。シュウ君もユキ君も日本の家庭料理なんて久しぶりでしょ。遠慮しないでたんとおあがり」
「はい、いただいてます」
日本酒だのビールだののビンが何本も用意されている一方で、テーブルに並べられているのはご飯に良く合いそうな家庭料理ばかりだ。
もちろん酒のつまみにも最高だが、庶民的なメニューが揃っている。
天ぷら、おひたし、筑前煮、焼き魚に厚焼き玉子、漬物も数種類。
こうして大皿料理が並ぶのは大倉組では当たり前の光景だった。
食の細い雄太に残すことを気兼ねすることなく多くの品目を口にしてもらうため、七瀬が命じて始まった習慣だった。
子供の頃は雄太の友人として夕食に呼ばれることも多々あった周亀と雪彦も、何だか懐かしいと目を細めるに留まったくらい。
「二人とも、泊まってくでしょ?」
筑前煮に入っていた乱切りの大きな蓮根をもぐもぐしてから当然のように確認する七瀬に、周亀も口に入れていた厚焼き玉子を飲み込んでから返事を返す。
「はい。お世話になります」
「良かった。客間を用意させたからゆっくりしていってね。
護衛の人たちにも三部屋確保したんだけど、足りなかったら申し訳ないんだけどホテルの方に泊まってもらえるかな? うちで用意するから」
「いえ、横浜に戻らせますから大丈夫です。その三部屋だけお借りします」
護衛を全て返すわけにもいかないだろうが、といってもここにいる分には問題は無いと思うのだが、数人残して後は引き取ってもらうくらいは構わないはずだ。
そのようにざっと目論み立てて周亀が答えれば、七瀬も軽く頷いて了解を示した。
「何ならお風呂も三人で入ってきたら? ねぇ、雄太?」
同い年でそれぞれに伴侶も分かっている友人同士。
裸の付き合いを勧める七瀬に対し、良いですねぇ、と周亀は笑って頷き。
一方、雄太と雪彦はそれぞれに真っ赤に染めた顔を見合わせていた。
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