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 神龍会ナンバー2李周亀が再び大倉組本家に姿を見せたのは、組長大倉七瀬が帰宅したのとほぼ同時だった。

 組長事務所と位置付けられている奥の座敷で、彼らは改めて向かい合っている。
 元々広い座敷だが、集まった人数の多さが多少の手狭感を感じさせていた。

 その部屋では、全部で八人の人間が二台の座卓をくっつけて作られた大きなテーブルを取り囲んでいた。
 テーブルには大皿に盛られた家庭料理がいろいろと並べられている。

 メンバーは、組長七瀬、副長晃歳、若頭の貴文とその恋人の武人、若頭補佐の仁に組長の養い子雄太、それと周亀とその妻雪彦である。
 心の傷がまだ癒えていない雄太が怯えずに済むメンバー、とも言い換えられる。

 まずは七瀬から、本部での話を語った。
 今件の切っ掛けになったと思しきサイトの存在と雄太から出た中国語の男の話。
 そして、本部で決まった方針について。

「では、その男についてはうちに任せていただけるということでよろしいですか」

「むしろ、日本側としても身内の洗い直しで手一杯ってところだよ。こっちで足掻くより任せた方が確実だと、総長に判断をもらってきた。
 頼んで良いよね、シュウ君?」

「ありがとうございます。ユタを傷つけたヤツだ。ただじゃ置きませんよ」

 ただでさえ、恋人と並べてどちらを優先するか迷うほど大事にしている親友を傷つけられて腹を立てたというのに、それが自分のトバッチリだと分かって怒り心頭なのだ。死よりも辛い生き地獄を味あわせてやらなければ気が済まない。

「僕のために無理しないでね」

 あからさまに怒っている様子の親友に、被害者本人である雄太の方が困ったように苦笑してそう言った。
 他の人に怒られると自分が怒れない、というのは本当らしい。雄太と周亀に挟まれている雪彦も、眉をハの字に曲げた困り顔だ。

 同席している武人が、他の暴力団幹部を差し置いて周亀の返答に頷きを返す。

「今回の件に関しては、俺も裏関係の人間を逮捕者に含めたくないと思ってるんです。そちらで処分できるのであればお願いします」

 今日が初対面の双方だが、武人の方は周亀の存在自体が初耳で驚いていたものの、周亀と雪彦は大倉組若頭の恋人が警察官だという前情報を得ていたので最初から立場は認識している。
 彼の警察官としての、しかし警察官としてあるまじき発言に周亀は頷いて返した。

 一方で、武人の隣に陣取った貴文が首を傾げている。

「何で逮捕したくないんだ?」

「世論の問題だよ。
 逮捕者にいかにもな人間がいると、それだけでヤクザ者とそれに利用された一般市民っていう間違ったイメージが誘導されちゃうわけ。
 こんな凶悪犯に対して同情論に偏った世論が発生するのは腹立たしいじゃない?」

 ヤクザの世界で生きていると、一般市民の思考回路はなかなか想像できないものだ。
 まして、善良な一般市民の凝り固まった常識観念は理解できないものに近く、おかげでヤクザたちは手を出そうとしない。
 逆に言えば、ヤクザに性悪説をごく自然に適用するのもそういった善良な一般市民である。
 悪事を嫌うがヤクザに籍を置いてここに集まっているメンバーなどから見れば、犯罪を犯さない限り逮捕できない警察よりもこうした善良な一般市民の方が天敵だとさえ言える。

「確かにその通りかも知れん。
 とすると、他にも襲撃対象を選別して誘導しているヤクザ者がいるはずだから、それを警察より先に見つけて始末する必要があるってことだ」

「……昇さんに連絡してくる。うちは被害にあったからってことで免除されたけど、他の組の洗い出しを急がせなきゃ」

 そう言って腰を浮かせた七瀬を晃歳が呼び止めた。

「組そのものの関与も見直した方が良いんじゃないか? 下っ端程度じゃ最近独立したばかりの結城なんて名前も出てこないだろ」

「……ホントだね」

 言われてみれば確かにその通りで、さらに大慌てで七瀬は部屋を出て行った。さすがに他人の面前で上位組織のトップに電話をかけるのは憚られるらしい。





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