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せっせと紙を折っていた和樹だったが、やがてその紙をポイッと机に放った。
今度はカバンから常備してあるらしい厚紙を引っ張り出し、机に出してあった鋏でチョキチョキと適当な形に切り取り、同じく机に出してあったスティック糊で先ほど折りあがった作品にくっつける。
今度はカラーペンの入った筆箱から三色取り出して平面部分にポップな文字を書き、厚紙の土台を広げて立てれば出来上がりだ。
書かれた文字は、ご自由にお持ちください。
「ショップカード立てか」
「レジ横のカード立てが壊れちゃったんだって。紙だからどうしても壊れやすいんだよね。すぐできるものだし材料もあったから、待ってる間に作っちゃおうと思って」
元が折り紙だけによれやすいはずだが、何枚かを組み合わせて分厚くカラフルに作られている。
その出来上がりをテーブルに立ててようやく手が空いた和樹は、出来上がってしまえば見向きもせず放置して、すっかり氷の解けてしまったグラスに口をつけた。
むしろ、座ってすぐに製作に入ってしまったので、喉も渇いているしお腹も減っているのだ。
お通しの皿を空にして和樹がほっと息を吐いた時、テーブル横から待ち人の声が降ってきた。
「お待たせ。ごめんね、遅くなって」
相変わらずしっとりした艶のある声である。
見上げれば、クラブのママをしていた頃は長かった髪を項にかかる程度の長さに切った美男子が立っていた。
三十代も半ば近いが相変わらずの美貌で、ますます年齢不詳性別不詳に磨きがかかっている。
謝られて机に出していた携帯電話を確認して、智紀は呆れた溜息をついた。
「店長に遅くなるなんて伝言もらったからもっと遅いと思ってたよ。三分遅れじゃん。遅刻の内に入んねぇ」
「うちの業界は無断遅刻ご法度なんだよ」
「俺はヤーさんじゃねぇよ」
一緒にするな、と言って憮然として見せられて、春賀はテーブル横の何も書いていない伝票を手に取った。
席を予約した時にここの会計は春賀のポケットマネーと伝えてあったので、すでに済んでいるのだ。
できあがった作品を店長に手渡して感謝されるのに面映そうに笑って、というやり取りをしてから、三人は早速店を後にした。
店の入ったビルの前には三台の黒塗りの車が待っていた。
その中央に二人を乗せて自分も乗り込み春賀が出発を指示すると、高級車は音も無く軽い負荷だけを感じさせて走り出す。
「何か、ものものしいな」
「うん。ちょっと緊急事態でね。
名指しで組が狙われてる。
身内は何とでもなるけど、ヤマちゃんと和樹くんは俺たちの個人的なカタギの知り合いとしては一番危険だと判断したんだ。
ほら、うちに来てくれるくらいの仲っていえば二人しかいないし、有事にはどうしても弱点になっちゃうから。
普段なら護衛を派遣するんだけど、明日だけは人を割く余裕がないんだ。だから、むしろうちにいてくれた方が安全だろうって孝虎の判断。
急に呼び出してごめんね。明日片付かなかったら、月曜からは護衛つけるから」
のんびりした口調だが内容はかなり物騒だ。
ヤクザの家だから一般家庭よりは有り得る話だが、平和な日常を暮らしている山梨兄弟には実感の湧かない話でもある。
さらにいえば、住吉組は何故ヤクザなのか不思議になるほど暴力とは無縁なのだ。
「もしかして、先週の銃撃事件の件か?」
「うん」
「だって、まったく関係ない組だろ?」
「そうなんだけどね。
なんか、関東ヤクザ全部が対象みたいな範囲の広さでさ。上位組織の方で調査が進んでて、次の標的がうちだっていう犯行予告が見つかったんだよ。
犯人も素人なんだって」
「はぁ? カタギがヤクザを襲ってるわけ? 世も末だなぁ」
「まぁ、簡単に予測のつく結果ではあるよ。
今のヤクザは暴対法で雁字搦めになってて身動き取れないし、乱暴者はヤクザ、なんて簡単な図式もなくなって久しい。
一般人の方が何するか分からないところあるよね。ヤクザ、っていう分類が無いから、ホントいろんな人がいるもの」
暴力団組員側に立って弁護することが仕事の春賀は、一般人と違う認識がやはりあるようだ。
一般的にはヤクザ=恐怖の対象という図式が成り立つが、警戒すべき相手だからむしろ安全だ、と一歩踏み込んでいる。
「屋敷はちょっとバタバタしてるけど、俺は出来ることがなくて暇してるし。申し訳ないけど、付き合って」
「俺らは元々お前らとの付き合いを隠してないし、危険は理解できるしな。
そういうことなら拒否する理由もねぇよ。むしろ、明日日直じゃなくて良かった」
今日の明日では同僚と当番の交換も出来なかったところだ。
元々土日は休日の和樹も、自分も命を狙われる可能性があるということに恐怖を感じたらしく神妙な面持ちで頷いた。
「お誘い通り、美味しい魚料理いっぱい用意してあるから。気兼ねなくゆっくりしていってね」
にっこり笑って春賀がそう歓迎を示すのと前後して、車は純和風の大邸宅敷地内へ吸い込まれていった。
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