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 まず不思議なのは、抗争であればすぐに判明するはずの相手、つまり銃撃犯の正体がいまだ不明だということだった。
 銃を用いたということからもそれが暴力団事務所であることを認識した上での襲撃だと思われる。
 であるとすれば他のヤクザ組織か何らかの犯罪組織であろうとは内外の誰もが判断するところだ。
 しかし、三郷会は銃や薬の売買にはまったく手を染めていない新興ながら昔気質な任侠一家で、関係があるとすれば窃盗団と敵対しているくらいしか対外的な敵がいないのだ。
 周辺のヤクザ組織はそれぞれにまったく身に覚えがなく、見知らない新興団体という可能性も低い。
 同業者の誰も彼もが首をひねるばかりだった。

 これを受けて、関東三大ヤクザのトップが緊急会談する事態になっていた。
 どこの組織も身を守るために慎重になっているこのご時勢での銃撃事件だ。
 全ての組織が協力連携して事に当たらなければ、関東ヤクザ総崩れの憂き目もあり得るのだ。

 このトップ会談をしかけたのは、埼玉を主な本拠地とする広域指定暴力団銅膳会の本部長だった。
 まだ五十代と本部長という立場にしては若い年齢の彼は、若い頃は湘南でバイクを乗り回していた暴走族の草分け的存在で、その縁があって今湘南西部で勢いを増しつつある結城組組長と懇意の仲だった。
 この結城組が千葉を中心に活動する広域指定暴力団黒狼会の三次団体に当たっており、ここで二団体の繋がりが発生した。
 さらにこの結城組で影の組長とまで噂されている姐の美岐が元々関東双勇会系二次団体の組長一家を生家としていたためにこちらに知り合いが多く、双勇会総長にも可愛がられている存在だったのだ。
 この関東双勇会というのが大倉組が属している東京を主な拠点とした広域指定暴力団である。

 こうした人的繋がりによって実現する運びとなった三トップ会談を急遽明日に捻じ込んだため、会場の提供を買って出た関東双勇会に所属する若手の主要メンバーは大忙しで、晃歳もこれに借り出されて行くというわけだった。

「七瀬さんは行かなくて良かったんですか?」

「今夜は黄さんと会食の予定があったからね、免除されたよ。そのかわり、華僑系の動向を探って来いってお達し」

 あぁなるほど、と納得して頷いて、雄太はさらに続きを促す。

「会場はどこになったんですか?」

「住吉の本宅だよ。千葉埼玉共に便が良いし古い屋敷だから格式もあって、周辺住民と上手く折り合いがついているから一日の迷惑くらいなら話がつけやすい好立地」

「若手幹部総出ですね」

 関東双勇会で若手幹部と呼ばれるのは、七瀬と近い年代の四人組だ。
 いずれは会を背負って立つだろうと言われていて、現在は肩書きこそないものの期待なりの実力も伴っている。
 七瀬を筆頭に、大倉組副長横内晃歳、住吉組若頭住吉孝虎、結城組組長補佐結城美岐。
 まだ三十代半ばだが、それぞれが人気と実力と潜在能力を持ち合わせた逸材だった。
 現在は別会派に所属するはずの美岐が含まれているのは不思議ではあるが。

「それとね、雄太。明日は俺も会場に詰めることになってるんだけど、一緒に来てくれない?」

「僕が、ですか?」

 確かに組の構成員で金庫番を任されているとはいえ、そのような大きな会合に役割を振られるほどの立場ではない。
 不思議そうに首を傾げれば、七瀬からは苦笑が返った。

「こんな状況だから、雄太を一人で出歩かせたくないんだよ。
 金融関係の法律で聞きたいことがあるって言ってただろ? 明日なら向こうも閉じ込められてて暇だろうから、丁度良いかと思ってね」

「向こう?」

「そう。春賀さん」

 それは、会場となった住吉組の姐の立場にある弁護士の名で、雄太とも知らない仲ではない。名を聞いて納得する雄太だ。
 つまり、この騒動の最中ではさすがに外出制限がかかるであろう住吉組の姐の暇つぶし相手に抜擢されたわけだ。そんな役目なら断る理由もなく、安心して引き受ける。


 電話をかける先が二つと着替える必要が出来たため、七瀬に断って部屋を出ると、自室に通じる縁側上でばったりと恋人に会った。
 忙しそうに向こうから歩いてきた恋人、戸山仁は、雄太の姿を見つけて驚いた表情で足を止めた。

「ああ、良かった。捕まえた」

 目の前に同じく立ち止まる雄太を大事そうに抱きしめてそう言うので、雄太は首を傾げて返す。

「探してたの?」

「おう。携帯にも出ねぇし、どこに行ったのかと思ってな」

「七瀬さんのとこ」

 あぁ、と納得されるのは、それが携帯電話に応答しなかった理由だと分かるからだろう。
 組長ほどの肩書きを持つ人の前で携帯を鳴らすほど、雄太は無神経ではない。

「てことは、聞いたか?」

「うん。忙しいんでしょう?」

「これから副長のお供で新宿行かなきゃなんねぇ。悪いな」

 謝られて雄太は苦笑と共に首を振った。
 仕事なのだから仕方がないし、雄太も関係者の一員なのだ。咎めることではない。
 それに、想定していたことだ。

「僕も七瀬さんのお供で横浜に行くことになったから」

「……七瀬から離れるなよ。何だかんだ言ってもあそこは危険だ。雄太みたいな痩せっぽちじゃ格好の餌食だからな」

 結局背も伸び悩み横にも太らない小柄な雄太の頭をポスポスと叩くように撫でて、雄太が頷くのを確認してから仁は慌しく玄関方向へ行ってしまう。

 後姿を見送って撫でられたところに手を乗せて、雄太は幸せそうににっこり笑っていた。





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