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「大倉。ちょっと話がある」
会合の会場である座敷を出て外へ向かう道すがら、七瀬はそんな声に呼び止められた。
振り返ればそれは有沢組組長西藤だった。
促されたのは広間傍にある仏間で、歴代の有沢組組長と関東双勇会総長の写真に見下ろされる位置に座らされた。
正面の西藤も同じく、写真の視線の先に腰を落ち着ける。
「単刀直入に聞く。先の幹部会では時間切れだったからな。
その情報源はどこだ。本当にお前の養い子か?」
尋ねられて、七瀬は首を傾げた。
横の襖が開いて総長である昇も現れたので、西藤個人の興味ではなく正式な組長としての質問だとは分かったが。
「電話はうちの若頭補佐ですが、情報源は本人ですよ」
嘘は言っていない。
この相手に対して嘘を言うほどの暴挙を犯す気もない。
だが、いくら信用の置ける上位組織の最上位者が相手とはいえ、軽々しく口にするには憚られる内容というのも存在するのだ。
「何故神龍会龍頭を標的としていながらお前が襲われねばならん。
日本支部長と私的な付き合いがあるとはいえ、お前が被害を受けて龍頭にダメージが行くなどありえなかろう」
「あ〜……。そっちですか」
我ながら上手く誤魔化したと思っていたのだが、と七瀬は肩をすくめた。
誤魔化しきれていないどころか、一番誤魔化せない部分を指摘されては逃げ道もない。
「理事の皆さんにも他言無用でお願いしたいんですが……」
「内容による」
プライベートなら七瀬相手には甘い方の昇も、こればかりは見逃せないといわんばかりの厳しい表情だ。
七瀬は見下ろしてくる歴代組長の写真や肖像画を一度見上げ、溜息をついた。
「神龍会で龍頭と呼ばれる人物が、現在その肩書きを持つ者でないという話はご存知ですか?」
「あぁ。弱冠二十歳の若造だがなかなかのやり手で、実力でナンバー2に就いたと聞いている」
「うちの子の親友なんです」
説明は以上。それだけの情報があれば十分との判断だ。
昇と西藤の洞察力にかかればそれは間違いでもないようで、七瀬の簡単すぎる説明を聞いた途端に二人揃ってフリーズした。
「……はぁ?」
確かに、七瀬が可愛がっている養い子も話題の龍頭も同い年だ。
幼少期は日本で育っているという情報も、中国の仮想敵国育ちという事情から必ず話題になるため自ずと有名になっている事実であるから、出会うことができないこともない。
ないが、随分と低い確率ではなかろうか。
「うちで引き取る前からの仲ですから、これは紛れもない偶然ですよ。うちの子の友人として我が家に遊びに来たことも何度もあります。
ただ、神龍会後継者の有力候補に挙がる血筋で身を守るために日本で育ったため、関係はお互いに極秘扱いでした。
神龍会とビジネスの話をする時は必ず黄さんを通しますし、直通の電話番号は子供同士で交換しているようですがそれを仕事に使ったりは出来ません」
実に便利な直通ルートを持っていながら、使うことの出来ない関係。個人の交友関係も最大限に利用するのがヤクザだが、我が子同然に可愛がっている養い子の友人関係を壊す気には到底なれない。
雄太自身は株取引の情報交換や協力関係として利用しているようだが、あくまで個人的な関係の延長にある。
だからこそ、苦しい言い訳を用意してでも隠そうとしたのだ。
雄太の親友たちは七瀬にとっても可愛い子供たちだったから。
「その友人関係を組織関係間の伝にするな、という意味か」
「確かに実力でナンバー2にまで伸し上がった子ですが、足を引っ張るネタを少しでも見せればあっという間に引き摺り下ろされてしまう不安定な立場に立っています。
正式に龍頭に就けば話は変わるでしょうが、今日本ヤクザとの関係があからさまになればうちまで共倒れになりますよ」
そもそも中国という国は反日教育を国を挙げて行っている国だ。
日本企業の工場を受け入れたりビザなし観光渡航を許可したりと対日外交は少し日本に歩み寄りを見せているように見えるが、一方で子供たちには日本は今もなお敵国であるとして教育している。
そういった教育を受けている中国人が日本に対して友好的な感情を持つことは稀なことだ。
マフィアにおいてもそれは変わりなく、日本で育った親日家の龍頭に反感を覚える者の数も多い。
尻尾を捕まれればあっという間に裏切りの汚名を着せられ失脚するだろう。こちらにもそのとばっちりは免れないとは簡単に予測できる。
将来はジョーカーに化けることがほぼ確約されているが、今はババ。
それが話題の青年の立ち位置だ。
その程度のことはわざわざ説明されなくても理解できるのだろう。
聞いている二人ともが溜息と共に肩を落とした。残念と考えるべきか、大倉への疑惑解消をひとまず喜ぶべきか。
「確かに極秘だ」
「表向き友好関係にある大倉の組長が目の前で攫われたとあっては、日本支部長、ひいては龍頭の信用問題になる。
ってくらいが、誤魔化しのネタにはギリギリ有効なんじゃねぇか? お前も他に同じこと聞かれたらそう答えとけ、大倉」
「わかりました。さすが総長、悪知恵働きますね」
「うっせぇ。この程度の苦しい言い訳しか思いつかない自分に自己嫌悪中だよ、俺は」
七瀬に持ち上げられて憮然とした表情を顕にぼやいた昇は、胡坐を組んだ足の片膝に肘を着いて頬杖を突く。
そんな拗ねた態度に西藤も苦笑するしかない。
「てこたぁ、何か? その中国野郎はやっぱり神龍会任せか」
「まさしく逆鱗に触れましたからね。龍ご本人が黙っちゃいませんよ。お任せしましょう」
中国マフィアのトップを龍頭という。つまりマフィアそのものを龍に例えているわけだが、それは同時にトップそのものを龍に例えていることでもある。
そして、慣用句にある「逆鱗に触れる」とは、まさに龍の喉元にある逆さに生えた鱗、つまり弱点であり龍を暴れさせる元に触れるということ。
比喩にはうってつけの組み合わせだ。
「まぁ、大陸式のお手並みを拝見といくか」
大陸式といっても、手腕を振るうのは島国で育った島国式の使い手だが。
そんな内心の注釈はおくびにも出さず、七瀬は深く頭を下げて礼をするにとどめた。
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[mokuji]
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