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「では、最後に大倉から報告を」

 議場の雰囲気が冷め切る前に、本部長が話題を変えてくれる。
 それを受けて、話題の中心にいて注目を集めていた孝虎の隣にいた七瀬が姿勢を正した。

「まずは、私事で皆様にはご心配をおかけ致しましたことをお詫びいたします。
 共にいて被害を受けました我が養い子より新情報がありましたのでご報告いたします。
 暴行を受けていた間に中国語を聞いていたらしく、中国語の分かる知人に訳してもらったところ、上海の神龍会龍頭に敵対する人間の嫌がらせのようだとのことです。
 私が横浜神龍会支部長と個人的に親しいのをやっかまれたのかと」

「犯人はカタギなんじゃないのか?」

「こっちの人間"も"いるということでしょう」

 一気に敵が手の届く場所に下りてきたと思えたのだろう。集まった全員の目の色が変わった。

「裏の人間ならば遠慮は要らないだろう」

「相手が中国語を話すような人間なら下手は打てんぞ」

「サツを巻き込むんだ。バレたらこっちがお縄だぞ」

「ふん。下手を打たなきゃいいのさ」

 それぞれがバラバラに好き勝手なことを言い始める。本部長はそれを見越してこの順番に話を振っていったのだろう。

 七瀬は自分の話だけを終えたら後は口をつぐんでしまった。好きに話せば良い、とでも思っているのだろう。
 そもそもその中国語の分かる知人の正体を明かせないのだから、嘘を重ねるよりも黙っていた方が良いという判断だ。

 幹部会のメンバーもしばらく黙って様子を見ていた。それから、昇がおもむろに口を開く。

「みなの意見は分かった。
 こっちの人間はこっちで処分して良いだろうという意見には俺も賛成だが、サツを巻き込むことで下準備が出来ている以上、今は下手を打てないのも事実だ。
 それに、確かに分類すればこちらの人間だが相手は中国人。せっかく友好関係にある神龍会との仲に亀裂を入れるのは避けたい。
 大倉。この件について神龍会はどう動く?」

「私としては、その中国人の始末は神龍会に任せるべきと考えています。
 うちの副長を交渉のために先に戻しました。
 公式に面会の席を設けた客を目の前で攫われて足取りも追えなかった件については、黄氏も怒り心頭の様子でしたから、生易しい始末にはしないでしょう。
 彼らは我々日本人以上に面子を重要視します。今回の件では丸つぶれでしたからね」

「あぁ、それで横内がいないのか。お前の精神状態を考えて同席を許したのにいないから、どうしたのかと思っていた。
 あれは、惚れた相手はとことん大事にするタイプだからな。今のお前の隣にいないのは不自然だろ」

「お気遣いありがとうございます。友人である住吉の隣にしてくださっただけで十分でしたから」

「そうか。なら、その席次はそれで良かったんだな」

 うんうん、と満足そうに頷くが、これもまた幹部会でとっくに話題に上がっていた内容だ。
 こうしてわざわざ全員のいる場所で口にするのは、昇が七瀬を殊の外心配しているのだと分からせるためである。
 総長がその精神状態を気遣うほどの相手を蔑ろにするとは何事か、という言外のお叱りも含まれていた。
 そこではっと気付けるならまだ良いが、咎められていることに気付けない馬鹿は今後の出世の道は無い。

「だったら、その中国人は神龍会に任せることにしよう」

 つまり、ツナギ役である大倉組に始末を一任するという意味だ。請け負って、七瀬も深く頭を下げた。

「しかし、そうなると少し話が違ってくるな」

 中国語の男の処分を宣言したところで、次に口を開いたのは組長だった。

「相手の主犯というか扇動役はカタギとしても、他にもヤクザに籍を置く人間が関わっている可能性があるということだ。
 そもそも被害にあっている面子の選び方に何か作為的なものを感じる」

「確かになぁ。狙われているのはどこも、最近金回りの良い経済ヤクザばかりだ。
 それも、上位組織内で無役の発言権も弱いところをわざわざ選んでいるとしか思えん」

 うんうん、と昇もその意見を肯定している。
 確かに、今まで襲われてきた三組織はいずれも上位組織では発言権が弱い割りに上納金の額が上位にランクインする金回りの良い組である。
 銅膳会における三郷会は、フロント企業である土建屋の経営で成功しているもののつい最近の台頭で、銅膳会内ではまだその存在感をアピールするには至っていないし、今日襲われた黒狼会の結城組などは三次団体で年始くらいしか本家に上がれない立場だ。一番優位にある大倉組ですら長い歴史の中でそれなりの存在感はあるものの無役で、上位組織経営には一切関わっていない。

「うちで経済ヤクザといわれて名が挙がるのは二見と深山だろう。どっちも幹部格だ」

 さらに言えば、昨年の上納金ではこの二組に次いで三位に食い込んだのが住吉組であり、さらに続いて大倉組と、どちらも理事補候補と言われながらも無役の一構成員であった。
 今回実際被害にあったのも明日の危険地もこれに当てはまるとなれば、関係者の関与は否定できまい。

「まさか今ここに堂々と参列しているとは思わんが、カタギを隠れ蓑にして規律を乱すような者を見過ごすわけにはいかん。再度身内を洗いなおせ。
 言うまでもないが、先に報告のあった犯人グループと思しきサイトを見つけたのは今回サツへの連絡ルートを繋いだ民間私立探偵の関係者だ。当然サツも同じ情報を得ているだろう。
 捜査権限を使えば奴らが書き込みログから発言者を割り出すなど朝飯前だろうからな。逃げられるとは思わんことだ」

 今回の事件の場合、警察に最終的には任せるということで方針があらかじめ決定していることもあり、自分たちが先んじて犯人確保に躍起になる必要が無い。
 むしろアナログ人間の多いこの業界よりもサイバーテロ対策にまで及ぶ捜査権を持つ警察の得意分野ともいえるのだ。

 総長自ら身内を脅すような言葉を口にしたことで動揺が広がり、会場内がざわめく。
 その反応を半ば無視して、昇は孝虎に視線を向けた。

「住吉。明日は無理に来なくて良いぞ。まずは自分の保身を考えろ」

 優しい言葉とも思える台詞だが、はっきり狙われていると分かっている相手に来いと言う方が間違っているわけで、上役としては当然の言葉だ。
 そんな台詞をありがたく受け取って、孝虎が頭を下げた。

「それでは、お言葉に甘えまして」

「あぁ。明後日には無事な姿を見せろ。では、解散」





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