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「おそらく、今日がヤマの短期決戦になるだろう」

「そうですね。被害者にとばっちりがいかないように、こちらも準備しておきます」

「……本来なら、犯罪者集団の身の安全など放っておけ、という考えでおかしくないんだろうに、あんたは変わってるな」

「必要悪というヤツだと思うんですよ。偶然なのかわざと選んでいるのか不明ですが、今回の被害者は穏健派ばかりだ。放置というには良心が咎めます」

 穏健派という判断はまさに被害者個人に向いている。
 いずれも必要とあれば法スレスレの暴力行為も辞さないまさしく暴力団組織だが、彼らを束ねている幹部が好んで暴力を働いているわけではないのだ。
 荒くれ者たちを束ねているからこそ、本人はむしろ一般人以上に平和主義だったりするものである。
 それを、大倉組やその友好関係と付き合うようになって武人も学んでいた。

「次の標的は分かっているのですから、彼らも自衛するでしょうし、犯人の捕獲に乗り出すでしょう。
 先手を打たないと、ヤクザに遅れを取りかねません。警察は彼ら以上に自尊心が強いですからね。ヤクザから襲撃犯の身柄を引き渡されるとなると屈辱でしょうね」

「他人事だなぁ」

「俺個人の考えとしては、働かずに相手の手柄で利を得るのが理想ですから。むしろ素直にありがとうと礼を言いますよ」

「ますます警官らしくない」

 恋人やその関係者からも変わっていると評価を受けている武人は、元警察官からも同じ評価を下されて苦笑を返すしかない。

「土方さんはこれからどうされます?」

「俺なんか、完全部外者だ。あんたと一緒に帰るよ。ツナギを引き受けた息子のサポートの方が俺の仕事だろう」

 そうですね、と同意を示して武人が頷くのと、会議室の扉がノックされるのがほぼ同時だった。
 先に出て行った吉野が別の人間を三人引き連れて戻ってきたようだ。

「サーバおよび使用者の割り出しを引き受けます。捜査体制は?」

「今課長が合同捜査の申請に行ってる。
 次の犯行予告は明日十時に狛江襲撃だ。実行される前に確保しないといい加減ヤクザどもがキレるだろう。急いでくれ」

 首からVISITORの札を下げている民間人の貢が、はっきりとした指示を出している。
 昔の職場で事件に関わると昔の癖が出るのだろう。若手捜査員の一人が怪訝な表情をしただけで他のメンバーがそれに従って即行動を起こしているところからも、指導力が窺える。
 むしろ言い放ってから気付いた貢の方が苦い表情だ。

 ひとまず出来ることのない吉野とパソコン前の席を明け渡した武人が貢の傍にそれぞれ近寄っていった。

「土方さんは相変わらずですねぇ」

「あ? しゃしゃり出る癖が抜けなくてな」

「そうじゃないですよ。土方さんのは求心力がある、っていうんです。
 相手が土方さんでなかったら、俺、引きませんでしたからね」

「また、ふっるい話を持ち出してきたな。良いじゃねぇか。恋人と上手くやってんだろ?」

「あの時振られなかったら手に入らなかった子ですから、大事にしてますよ。
 浮気させないってけっこう大変ですよね。船津さんと同じ病気持ってるので、日々ヤキモキしてます」

「あぁ。あればっかりは年齢しか解決してくれないからな。四十過ぎてくれば落ち着くだろ」

「四十かぁ。先は長いなぁ」

 どうやら恋愛相談らしい、と会話から察せられる。
 それにしても具体的な単語をひたすら伏せた意味不明な話で、傍にいて聞いている武人にもさっぱりわけが分からない。

 そんな無駄話をしているうちに、武人の携帯電話が音を立てた。
 内偵職員へは直接電話をすることを原則禁止しているはずの同僚からだ。
 武人のメールアドレスからのメールを確認し、署内にいると判断したのだろう。

 画面に表示されたのは課長の名だった。

『吉井! お前今どこにいる!!』

 武人が通話ボタンを押すと、もしもしを言うどころか耳に当てもする前に怒鳴り声が聞こえてきた。
 受話器を遠ざける手間が省けたので良かったが。

 いきなりの怒鳴り声に、室内にいた全員の手が止まった。
 電話の向こうでは間断なく喚き散らされているのだが、スピーカーが近いのかくぐもってしまっていて、ほとんど聞き取れない。

 声に聞き覚えがあったのだろう。
 貢が武人に向かって手の平上向きに手を差し出した。
 電話機を受け取って、送話口を口に近づける。

「野島ぁ。怒鳴っても下は育たねぇぞぉ」

 途端、電話の向こうの怒鳴り声がピタリとやんだ。

『ひ、土方さん!?』

「おう、久しぶり。こっち来るか? 六階第三会議室だ」

 行くと答えを受けたのだろう。勝手に電話を切って返されたのを受け取って、武人も苦笑するしかない。

「土方さんって顔広いですね」

「下っ端には人気があったんだよ。上司受けは悪かったけどな。
 キャリア組にとっては叩き上げの管理職は目障りなんだろ」

 勝手に決め付けて肩をすくめるのだが、さもありなんと武人も吉野も揃って頷いた。

「それにいても、辞めて十年も経てば顔見知りも減るもんじゃないのか?」

「ここでそれは当てはまらないでしょう。
 地方に出てれば別ですが、中途採用もあまりないですし本庁だから管理職だらけだし。
 むしろ上役が増えてて土方さんには便利になっていくんじゃないですか? 土方さんに育てられて恩義に感じてる人もいっぱいいますし」

 くすくすと笑いながらの主張に、それはそれで困ったとでも言うように貢は頭を引っ掻く。

「吉野、お前もか」

「よしてくださいよ。私は船津さんは尊敬してますけど、土方さんのことはライバルとしか思ってません。恋敵ですからね」

「あ〜。出会いが良くなかったな」

「良い出会いですよ。土方さんほどの人を対等扱いできるんですから、自分が誇らしくなります。
 仕事面ではもちろん尊敬してますよ、土方さん。検挙率九十パーセントなんてバケモノじみた数字、未だに誰も破れません」

 恋敵とはっきり宣言したにも関わらず、敵というには仲の良い会話だ。
 上官と下っ端として出会いながら一方で互いに同じ人を好きになり争った結果の戦友のような感覚が、公式の場で改まって尊敬の態度を取ることを戸惑わせた。
 この二人の関係はそれを今までずっと引きずっているが故だ。
 二十歳近い年齢差を考えれば特別であることは疑うべくもない。





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