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 日本全国の警察署の中で最も有名な建物といえば、桜田門にある警視庁庁舎ビルだろう。
 Y字路の鋭角地という特徴的な立地と桜田門という地名が知名度を押し上げている、東京都警の本部に当たるビルである。

 その中層階の会議室に彼らは顔を合わせていた。
 出席者は全部で四名。刑事部捜査一課課長の信田と丁度手の空いていた同第六班班長の吉野、組織犯罪対策課所属の吉井に、早期退官して現在は私立探偵をしている元警視の土方という組み合わせだ。

 このメンバーで最も敬われているのが民間人というところは何とも不思議な状況だが、そもそも捜査一課所属の二人はこの民間人の元部下でもあるのだから仕方がない。

 全員の紹介が済んだところで、この会合をもった具体的な理由を話し出したのは貢だった。
 元々は紹介だけの役割だったが、事情を聞いて肩入れしてくれたのだ。自分から話した方がスムーズに進むだろうと貢自ら買って出ていた。

「つまり、ヤクザ同士の抗争ならともかく民間人が犯人なのだから、さっさと確保しろ、というわけか」

「彼らの言い分は、そんなところだな」

 あっさり簡単に要約して確認した信田に、貢も簡単に頷く。
 確かに間違っていないので、武人としても否定も出来ず苦笑するのみだ。

「しかし、ヤクザが我々を利用しようとは、何とも言い難いな。
 奴らに使われる事実は業腹だが、だからといって奴らが勝手に片付けるのも容認できん。確かに、奴らが大人しくしているうちに我々が仕事をするべきだ」

「こっちは完全被害者なのに手が後ろに回る破目になるのは割に合わない、だそうですよ」

「それを内偵に入った君に繋がせるというのだから、間抜けな話だ」

「内偵と勘付いていながら使われたなら、抜け目ないですよ」

「む、そういう見方もあるか」

 警察の人間は、どうしても一方向から物事を見がちだ。
 間抜けだ、と判断されても普段なら構わないが、今回は見下されていては困るのであえて軌道修正をかけた。
 見下した状態の相手に情報を流しても話半分に受け取られてしまい余計な手間がかかる。厄介な相手だと警戒させておいた方が何かと都合が良いのだ。

「今回は、とりあえずの顔つなぎ、ということで良いか?」

「いえ。早急に対策本部を立てていただいた方が良いかと。
 民間人相手と彼らが断定した根拠をお話します。奴ら、かなり頭に来てますからね。暴走を止めるためにも奴らに先行して犯人の身柄を確保しなくては」

「幹部の殺しとはいえ、銅膳会系だろう? 君は双勇会に入ったと言わなかったか?」

「はい。そこですよ。被害届の出ていない件がもう一件あるんです」

 被害届が出ていない、つまり届け出なければ発覚しない事件というわけだ。
 そちらが重要なのだと臭わされる武人の台詞に、彼らは話を聞くために身を乗り出した。

 ここでようやく、武人は大倉組の強姦事件を口にするに至る。
 事件の日時と場所、舎弟とはいえ二人が命を落としている事実、拉致監禁の上暴行を受け遺棄されたという事件のあらまし、そして被害届を出せなかった一番の理由である被害者の立場。

「組長と養い子、だと? そんな人物が何故?」

「体格が華奢なんだそうですよ、二人とも。
 今、連中の中でも増えてきている経済ヤクザってヤツでしょう。喧嘩はからっきしで、普段は舎弟どもに守られているのだという話です。
 当時は訪問先が上海マフィアの本拠地であったのと前日の殺人事件対策とで人員を割けず、二人引き連れただけだったと」

「その二人が、死んだ舎弟か」

「はい」

 伝え聞きの形で説明する武人だが、舎弟が二人死んでいることなど双勇会本部ではほとんど問題視されていない話だ。
 被害にあった故人の二人ともが武人とも知らない仲ではなかったため補足したのだが、それがなければ大倉組以外の誰の耳にも入らなかっただろう。
 その二人の死亡は中華街内路地での轢き逃げ事件として神奈川県警に引渡し済みなので裏も取れる。

「二人の死亡については?」

「聞けていません。双勇会では組長被害の方を重く見ているようで、詳細は上がっていないようです」

「そうか。まぁ、内偵の立場でそれ以上は突っ込んで確認できないのも道理だ。こちらで裏を取っておこう」

 嘘をつくのは正直者の武人にはなかなか難易度が高い。
 下手に誤魔化すよりはしらばっくれた方がマシとの判断をしたが、それが功を奏したようで担当班長の協力を自然に引き出すことに成功した。

「しかし、二次団体とはいえ本部では役職もない組の長が、しかもヤクザのくせに民間人に暴行を受けたなどという理由で、それほど周りがいきり立つものか?」

「ただの二次団体ならそうでしょうが。
 大倉組の姫といえば、十年ほど前は暴力団関係者に留まらない有名人なんですよ。
 組長を継いだ時に辞めたそうですが、その時培った人脈は今も健在です。双勇会幹部のアイドル的存在と思っていただいて良いかと」

「……姫というと、女性組長なのか?」

「いいえ、男性ですよ。男娼ってヤツですね」

 男娼などという底辺の過去を持ちながら上位組織幹部の気に入りという、当事者でなければ到底理解できない立場は、よくわからないがすごそうだ、という先入観に繋がる。
 ふむ、と聞き手二人が考え込んでしまった。





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