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 時間は少し遡る。

 湘南平塚に本拠地を置く黒狼会系二次団体若松組の直参である結城組を束ねる二人は、その時丁度外出の支度中だった。

 先週から関東ヤクザを浮き足立たせている件の厄介事に対応するための連絡会が黒狼会では二日に一度開かれており、これに出席するための外出である。
 本来であれば三次団体に位置する彼らは年始くらいにしか本家に立ち入れない立場だが、今回は事情が特殊だった。
 銅膳会との連絡窓口に組長である孝臣が、関東双勇会との連絡窓口には組長補佐である美岐がそれぞれ立っていたからだ。
 組織の立ち上げとは全く関係のない個人的な交友関係が、今回は非常に役立っていた。

 行き先は本家のある千葉で、時間はギリギリ。
 車で移動しては間に合わない時間なので、必然的に電車移動なのだが、それでも乗り換えに手間取ると滑り込む破目になる。
 結構慌てていたのは否めない。

 先に支度の済んだ孝臣が連れを呼ぶために入り口に背を向けた、その時だった。

 ガチャンというガラスの割れる音に続き、床に何か軽い物の落ちるポンというような音。
 派手な音に反射的に身を伏せた孝臣は、丁度目の前に見えたその落し物を見て、咄嗟に傍にあった事務机の下に蹴り飛ばした。

「伏せろっ!」

 叫びながら、自分は反対に立ち上がり、もう一つの机を蓋をするように押しやった。

 間、一秒。

 ドンという激しい音を立て、事務机が二つ突き上げられるように軽く浮き上がった。
 むしろ、それで衝撃が相殺されることが不思議なほどの爆発で。

 激しい音に驚いた美岐が奥から飛び出してくる。

「何事っ!?」

「っくそっ! 探せっ! 逃がすな!!」

 珍しい孝臣の喚き声にはじかれて、全員がざっと飛び出していく。
 孝臣自身も同時に飛び出していくので、さすがに非常事態を判断できる。
 美岐は持っていた荷物を下すと、覆いになった事務机をどかして中を覗き込んだ。

 鉄板で作られている事務机がボコリとへこんでいた。

「うわぁ。何? 爆弾?」

「手榴弾だったぞ」

 答えがすぐに返ってきて、美岐が振り返る。すぐ傍にいつの間にか立っている孝臣の後ろに、何者かを引きずった舎弟が三人ズラリと並んでいる。

「手榴弾?」

「さすがに消せねぇからな。囲い作ってみた」

 その囲いが、事務机二つだったようだ。
 何にせよ、無事で何より。

「美岐。双勇会に連絡してくれ。多分一連の件の関係者だ」

「……それ?」

 指示されて指差して問い返した『それ』の対象は、舎弟が三人捕まえている人間で。
 
「そう、これ。今日は会合どころじゃねぇな」

 やれやれ、と肩をすくめて孝臣が舎弟に裏に連れて行くように指示を出す。
 捕まった者たちは、これから死んだ方が良いと思えるような拷問を受けるだろうことは簡単に予想できるだろうに、拘束を解こうと無駄な足掻きを繰り返している。

「……確かに素人っぽいね」

「リーマンだろうな。ガキの頃にサバイバルゲームに嵌ったとか、そんなもんか」

「うちで調べかけるの?」

「まぁ、うちの手柄になるんじゃねぇか? 運が良かったって気もするが。
 大倉あたり、大分怒ってるだろ。伺いたてといてくれ」

「ほ〜い」

 首脳二人は暢気なものだが、入り口になっている安普請のガラス扉は粉々で、事務机も二台再起不能になっている。
 それなりの惨事だ。

「お前ら、片付けとけよ〜」

『へいっ!』

 物の被害はあっても人的被害がないのは大きい。
 応答の大合唱を背中で聞いて、孝臣は美岐をつれて奥へ戻っていった。





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