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「で、大倉若頭のイロはどんな具合だね、住吉」
「連絡はまだですよ。今頃本題に入ったくらいの頃合じゃないですかね。まぁ、サツのことはサツに任せるのが一番ですよ」
「餅は餅屋というわけか」
「我々がサツに頼る破目になるとはな。時代は変わるものだ」
ヤレヤレといった具合の感想だが、無理もない。
そもそも警察はヤクザを根絶やしにしたいという建前を持つ立場で、ヤクザは法の網をかいくぐって商売をしている集団だ。
どう頑張っても相容れない関係なのだ。
「しかし、任せきりで大丈夫なのか、その男は」
ここに居並ぶ人間の半分は、ダブルスパイを引き受けた警察官の素性を知らない。
一度でも話をすれば警察官という職業に誇りを持ちながらヤクザという存在を必要悪と認められる柔軟な思考能力に信頼も置けるだろうが。
表面上の肩書きは大倉組若頭を情人とするマル暴の警察官でしかないのだ。
全く問題ない、と太鼓判を押したのは、一度しか会っていない深山だった。
「大倉の上層部は揃いも揃って人を見る目があって羨ましい限りだ。彼ならどちらも裏切ることなく上手くやるだろう。あの人間は信用できる」
「そりゃまた、深山には珍しいベタ誉めだが、根拠でも?」
「ヤクザ基準で見ても将来有望な良い漢だぞ。ブレない信念が根底にあって、なおかつ柔軟だ。
柳ってより、竹だな、ありゃ。風に従って上手くしなるが決して曲がらない」
「えぇ。強い人ですよ。無職にでもなってくれればすかさずスカウトするつもりですが、本人の意思を曲げてまで口説こうとは思えませんね。靡くとも思いません」
「まぁ、ヤクザのイロでありながらサツを辞めないくらいだからな」
そんな特殊な人間は、任侠界広しといえど彼一人だろう。周囲もそれを容認しているのだから、これはもう人柄のなせる業だ。
人の噂をしていればそれが本人に伝わるのも古来からよくあることだが。
今回は本人ではなく本人に繋がる別の人間に伝わったらしい。
話を遮るように携帯電話のベルが鳴った。
しかも三音同時に聞こえてくる。
自分の懐に手を伸ばして携帯電話を取り出したのは、孝虎、七瀬、深山の三人だった。
会合中であれば礼儀知らずと批難の対象だが、この時間であれば咎められる必要もなく、三人がそれぞれに同室者に断って部屋を出て行く。
まず真っ先に戻ってきたのは、孝虎だった。電話は繋がったまま。
「最新情報です。次が発生。黒狼会三次結城組が襲撃を受けました」
部屋に入りながらの報告に、全員が腰を浮かせた。
報告をそこまでにして孝虎は電話に戻り、周囲の人間がその受け答えを固唾を呑んで見守る。
「で? お前は無事なんだな?
……あぁ、それは良かった。旦那も無事か。
……あ? 捕まえたって、何を……
はぁ? 三人?
って、おい、まさか……
おいおい。そいつはお手柄じゃないか。
……あ〜、ちょっと待て」
乱暴な台詞回しから、気心の知れた相手であることが窺える。
その上で、電話の相手の無事を喜んでいて、旦那という言葉が飛び出す。
第一報からその電話の向こうにいる人物はおのずと予測がついた。
この関東双勇会に属する組織で生まれ育ち、黒狼会系三次団体結城組の組長の伴侶に納まったという異色の人物に違いない。
「ミキ坊か」
「えぇ。結城組事務所の襲撃犯を三人ほど捕まえたそうです。あちらで尋問して良いか、とのことですが」
「……あ〜。構わないだろう。黒狼会の手柄だ。情報だけ流してくれれば良い」
「ではそのように」
頷いて、孝虎は電話を片手にしたまままた部屋を出て行く。
それにしても、ここに来て大した手柄だ。
「少し動いたな」
「芋づるになれば良いが」
何にせよ、暗中模索から一歩前進しただけでも高評価だ。
後の二人はなかなか戻って来ない。戻らない伴侶を心配して晃歳も部屋を出て行くと、残された幹部たちは揃って溜息をついた。
待つしかない現状は待つことしか出来ない人々にとっては実に歯痒いものなのだ。
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