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 後ろから追ってきた孝虎を待って、七瀬は立ち止まった。

「ありがとう、孝虎」

「礼は深山理事補に言ってあれば良いさ。俺は大した役に立ってねぇ」

 追いついた孝虎はそう答えて、笑って見せた。二人を目的地へ促しながら、七瀬の顔色を窺うように覗き込んでくる。

「まだ本調子じゃねぇな。まぁ、無理はすんなよ」

「うん。……で、何で深山理事補と一緒だったわけ?」

「仕事だよ、仕事。吉井さんを借りてる件について」

「あぁ、ダブルスパイ? 今日だっけ、あの人が職場に戻ってるの」

「やっぱ吉井さんから情報行ってたか。ホント、有能な人だよなぁ。サツにしとくの、もったいないだろ」

「本人の希望だからね。仕事辞めてくれたら好待遇でスカウトするんだけど」

 今現在大倉組から住吉組に出向しているような立場の人物の噂話に盛り上がって、二人で笑いあう。二組織のトップに実力を認められている人物の平凡な顔を思い浮かべて、晃歳もまた苦笑を浮かべていた。

 それで?と疑問形で話を繋げたのは七瀬だ。何しろ、これまでほぼ一週間大倉組は最新情報から出遅れている。
 一方の孝虎は無役の上まだ若頭の身の上ながら幹部会議に顔を出せる立場を確立していた。質問相手として間違っていない。

「ひとまず、幹部会議に出席して状況を聞いてくれ。多分、吉井さんからそっちに流れている情報とこっちが掴んでいる情報は大差ないと思うが。総長が今か今かと手ぐすね引いて待ってる」

 こっちだ、と孝虎に案内されて、大きな会合がある場合の事前幹部会に普段から使われている北の間と呼ばれる座敷へ案内される。
 と、声をかける前に向こうから襖が開かれた。
 しかも現れたその姿は。

「おう、来たか。待ってたぞ」

 関東双勇会総長有沢昇その人だった。
 あまりの気軽さに、分かってはいたものの全員でガックリと肩を落とす。総長たるもの、もう少しどっしりと構えていてもらいたいものだ。

 昇はマジマジと七瀬の顔色を観察し、少し心配そうな表情を浮かべた。

「俺自身が呼んでおいてなんだが、まだ無理そうだったらゆっくりしていて良かったんだぞ。横内だけ寄越してもお前の名代は務まるだろう」

「晃歳を謂われない誹謗中傷に晒すより、自分が出るべきかなと思いまして」

 つい先ほど会った安井の反応が、関係者の大半が取る態度だろうと想像するのに難くはない。
 ふむ、と考える仕草をした昇も否定する材料がないようだ。

 そこへ、第三者の声が追い討ちをかけた。

「やれやれ、この世界も下衆ばかりかね」

 それは、すぐ後から来た道を引き返してきていた深山の声だった。

「も、ってなぁ。むしろ善人の方が少ねぇだろ、この世界」

「何の瑕疵もない人間攻撃することがどんだけ程度の低いことかってぇくらい、知っているべきだろう。ヤクザだからといって人間である自尊心まで捨てるこたぁねぇ」

 年齢で見れば一番年長の深山と立場で見れば一番上位の昇の会話は、素人から見ればヤクザなどという無法者の幹部の会話とも思えない常識的なものだった。
 傍で聞いている三人の若者たち――といっても三十代だが――も口出しできなくとも同感な内容のようで頷いている。

 立ったままでは疲れるから、と促された座敷内では、この後予定されている会合のために集まってきている組長、本部長、理事二人、理事補四人が座って雑談中だった。
 七瀬と晃歳の姿を見つけて、組長が手招きする。

「良く来てくれたな、大倉の。思ったより元気そうで何よりだ。旦那のおかげか?」

「そうですね。晃歳が支えてくれるおかげだと思います」

 謙遜や控えめな言い回しはそもそも七瀬らしくない。いつも通りの生意気な物言いで返して素直に腰を下せば、右に晃歳が、左に昇がそれぞれ陣取った。

「何で総長がそこですか。上座に行ってくださいよ」

「この面子で序列なんざ気にしてもしょうがないだろ。誰もそんなもんに拘らねぇし、そんなチマチマしたモン拘るヤツぁ幹部に据えてねぇぞ、俺は」

 組長の苦言を鼻で笑ってそんなことを返すから、全員揃って苦笑するのだが。

「で? 何か手がかりになりそうな最新情報はねぇか?」

 問う相手は、当事者である大倉の二人ではなく他のメンバーだ。
 本来ならばこの後の会合で情報交換するのが筋なのだが、身を入れて今回の事件調査に力を振るっているのはこの場にいる人員で全員なので、そんな話におのずとなるらしい。
 残念そうに全員が首を振ったが。

「今日が土曜日か。三郷会の殺しから丸一週間だな」

「事件があったのが先週の土日。相手が週休二日のリーマンとすれば、次に事が起こるのは今日が可能性が高いだろう」

「大倉がメインターゲットなら、もう何も起きないだろうが……」

「目晦ましというには、三郷会の殺しが説明つかないだろ、それじゃ。あっちの方が結果がデカイ」

「だよなぁ」

「敵が見えねぇってのは、本当にやり難いな」

 完全に対応が後手に回ってしまっているのは、全員一致の見解だった。溜息もつきたくなるというものだ。

「今のところ、黒狼会は被害ナシか」

「とはいえ、黒狼会が怪しいというには早計過ぎるというものだ。何しろ三分の二だからな。運が良かった、で十分に済む」

「これで黒狼会が次のターゲットになれば平等だが、それはそれで不気味だな。敵が我々の勢力図を把握しているということだろう。素人と言い切れなくなる」

「いずれにせよ、次を待つか」

「後手だな……」

 はぁ、と全員の溜息で場が落ち着いてしまう。
 どうにかして先手に回らなければ解決の糸口を掴むこともままならないが、姿が見えなければ何ともしようがない。





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