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 七瀬の笑い声で室内の和やかな雰囲気が分かったのだろう。入るぞと声をかけて顔を見せたのは晃歳だった。
 手にはカップを四つと焼き菓子の入った皿が載った盆を持っている。

「シュウ君、ユキ君。いらっしゃい」

「お邪魔してます」

 まるで息子の友人をもてなす親の態度の晃歳だが、実際その感覚ではあるのだろう。
 部屋の中央に置かれた座卓より下座の方に固まって座っている四人の傍に持ってきたカップと皿を置いて、晃歳は七瀬を見やった。

「七瀬。そろそろ時間だ」

「行きたくないなぁ」

「仕方ないさ。これも組長の義務だからな。いつまでも欠席していられないだろう。大丈夫、俺がそばにいる」

 うん、と頷いて渋々腰を上げる七瀬を、雄太が心細そうに見上げた。

「お出かけですか?」

「うん。本家の会合、そろそろ出て来られないかって総長から直接打診があったから、仕方がないから行ってくるよ。
 シュウ君もユキ君もゆっくりしててね。ここ使ってて良いから。仁、後はよろしく」

「あぁ、任された。外出ついでにゆっくりデートでもして来いよ。今日は急ぎの仕事もねぇしな」

 じゃあそうしようかなぁ、とのんびり答えて、七瀬はわざわざ四人が固まっている方へ近寄り雄太の頭をくしゃりと撫でた。
 本物の息子のように可愛がっている雄太とスキンシップをはかるのは七瀬にはごく自然な行為だ。まして心細い表情で見上げられて撫でないではいられない。

 その傍に集まっている二人にも、七瀬はにこりとした笑みを向けた。

「もし良かったら今夜は泊まっていって。雄太も喜ぶし」

 無理にとはいわないけど、と付け加えて、七瀬は返事を待つことなく晃歳を伴って出かけていった。

 七瀬の後姿を見送って、雪彦が頼るべき伴侶を見やって首を傾げた。

「どうしよう?」

「そうだな。来たついでに支部の様子も見ておきたいし、ユタに頼み事もあるんだ。お言葉に甘えようか」

 何の段取りもなく急遽日本に渡ってきたはずの周亀は、しかしほとんど悩むことなく結論を出した。
 本来であれば本国へ早く戻るべきなのだろうが、そこは部下を信頼して任せてみるのも良いだろうという判断だ。

 一方、ついでのように言われた言葉に雄太が首を傾げている。

「頼み事?」

「長期の仕事だし、リハビリついでにゆっくりで良いんだけどな。
 あからさまに攻撃とバレると拙い。長期スパンでジワジワ系の買収操作が得意なのは、ユタが一番なんだ」

 昨日メールしようと思っていたのだが、と言葉が続いたため、日本に来ることになって直接雄太の顔を見て依頼しようと考えたのがわかる。

 話の流れからそこに必要な道具を思いつき、仁が腰を浮かせた。

「パソコンが要るだろう? 取って来よう」

 普段から仕事に使っているのはノートパソコンなので持ち運びは当然可能だし不便もない。
 うん、お願い、と頷きながら、雄太はそれでも仁の手を握ったまま困った顔をしていた。
 理性と本能は別物なのだ。まだ、最も信頼できる恋人の手を離すのは恐い。

 困った表情の雄太に、仁は穏やかに笑って握った手をもう片方の手で包んで離させて、雪彦の手に直接預けた。

「ユキ、頼む」

「はい、お預かりします」

 雄太が見守る中、しっかりと託された手を雪彦も慎重に受け取って握り締める。
 恋人より長く信頼している親友に不安を覚えることもなく、雄太もその手を握り返した。

 部屋を出て行く仁を見送らせないためにか、周亀が仕事の話をし始める。
 雄太にとっては復帰後の初仕事だ。自然に意識が周亀に向く。

「ユタ、東邦電々公司って知ってるか?」

「? TOHOの子会社?」

「いや、無関係だ。業務内容は主に白物家電製造だから、むしろ競合他社だな。シンガポールの市場に上場している」

「……? 中国の会社って株式だっけ?」

「経済特区に本籍のある会社だからいろいろ優遇されてはいるが、表向きは違うな。まぁ、法の網なんてもんは強者には緩いもんさ。
 それより問題はその会社名だよ。
 TOHOは日本でも最大手の安定企業だけに株式相場も高めだろう? その子会社だという間違った認識が投資家の中に浸透しているおかげで、無意味に株価が高い。配当が見合っていないというのにどいつもこいつも気付きゃしねぇ。
 そこで、TOHOとの無関係説を流して株価を引き摺り下ろして、安くなったところで会社ごともらってやろうって作戦だ」

 株価を落としてから手に入れても旨味がないように雄太は思うのだが、そこには周亀なりの次の作戦があるのだろう。
 それより以前に、中国のマフィアのボスが日本企業に肩入れするという内容の方があまりに不自然で、雄太はさらに首を傾げる。

「何で? TOHOに恩でもある?」

「あるわけないだろ。TOHOってのは、第二次大戦から続く軍需産業企業でな」

「あぁ、なんだ。利権か」

 それなら納得、と雄太がようやく頷いた。
 日本にある軍需産業は、自衛隊の他に世界各国の国軍に対する輸出で商売をしている。
 日本や同盟国であるアメリカの不利益になる国に対する輸出はしていないものの、大半の国連加盟国が日本企業が売る武器防具を使用しているのだ。
 戦車、戦艦、戦闘機でメイドインジャパンの部品を欠片も使用していないものなど存在しないとまで言われている。
 プライドの高い中国ですら、例外ではない。
 部品が小型化すればするほど精密さを要求され、精密部品に強いのはやはり日本工場の技術力なのである。

 軍用資材の輸出入は単価総額が膨大になる分、中間マージンも巨額だ。この仲介業に周亀が率いているマフィアの存在が絡んでいた。
 TOHOが主に利用している船舶の所属港が横浜で、ここが黄が仕切っている日本支部と横浜を本拠とするヤクザの二大勢力で互いに利権を争っている場所なのだ。

「事情は分かったけど、シンガポールかぁ……。
 イッコも取引してないから、参入に時間がかかるよ?」

「初期投資とコネについてはこっちでも用意する。必要なものをリストアップしてくれ」

「んじゃ、いつも通り資料作ってメールするよ。英語で大丈夫だよね?
 それと、長期戦になるならそっちのチームの代表者と直接やり取りしたいんだけど、大丈夫?
 リーダーじゃなくて良いけど、英語できてチームに張り付きの人が良いな」

「俺じゃダメか?」

「短期なら良いけどねぇ。そんな瑣末ごとに長々とシュウとかユキを窓口にしてられないでしょ?」

 それもそうだな、と納得して、周亀はその場で携帯電話を取り出した。
 最近の携帯電話は国外でも使えたりするので便利になったものだと思う。





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