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 案内された先は、池袋にある高層複合施設最上階の欧風創作料理の店だった。
 ベースはフレンチだが油脂分を減らし有機野菜をふんだんに取り入れた、年配者に優しいメニューが売りの高級有名店である。

 奥まった位置に一つだけ用意された個室には、先客があった。
 親子ほどの年齢差の二人連れで、年配者の方は宏紀も会ったことのある人物である。

 席に案内されてすぐに、宏紀は深く頭を下げた。

「お久しぶりです、会長さん」

「うん、久しぶりだね。まぁ、座って。林野も」

 それは、埼玉を本拠地とする関東三大暴力団のうちの一つ、銅膳会の会長その人だった。
 宏紀がまだ中学生だった頃に何度か会ったきりで、約二十年ぶりの再会である。
 隣の林野も良く分かったなぁと感心するばかりだ。

 二十年前にすでに六十歳近かった会長はつまりもうすぐ八十歳に手が届く。
 その人と親子ほどの年齢差がありそうな連れは、つまり五十代半ばくらいと宏紀は判断していた。
 おそらく間違いない見立てである。

 対するこちらも林野と宏紀の二人連れだった。
 年齢差は宏紀の実父や養父と同じくらいで親子連れにも見えるだろうが、こちらは面影含めてさっぱり似ていないあからさまな他人だった。
 林野が年下を可愛がる態度と宏紀が年長者に頼る姿から信頼関係は疑うべくもないが。

 すでにメニューは注文済みであったようで、すぐに前菜とワインが一本給仕された。
 少し細身のワイングラスに注がれたそれは、色も薄付き程度の白に近いロゼワイン。高級の名のつく店には珍しく、宏紀は少し首を傾げる。

 素直に不思議そうな様子を見せる宏紀に、どうやら宏紀をここに誘った張本人であるらしい会長は満足そうに笑った。

「この店はな、年寄りにも楽しみやすいさっぱりした洋食を出す店でな。ワインも赤より白やロゼの辛口が丁度良い。バーマンの腕が良くてな、カクテルもなかなかだ。後で好きなものを頼むと良い」

 そういう理由で林野は「美味い酒を飲ませる」と言ったらしい。その割にはちゃんとしたレストランで少し不思議に思ってはいたのだ。

 前菜三種盛りの皿とワイングラスがそれぞれの席に配膳されて店員が退出すると、会長がまずワイングラスを手に取った。
 乾杯の位置にそれを掲げるので、他三人もすぐにそれに倣う。

「では、土方君との再会に乾杯」

「いただきます」

 乾杯の返答ではなくそう答えたのは、自分がその主役に押し上げられたからだ。

 それでようやく、知らない者同士を紹介された。

「富夫。彼が土方君だ。中学生の頃は何度かうちにも来てくれたんだが、覚えていないようだな、その様子じゃ。
 土方君、これは息子の富夫だ。愛想のねぇヤツだがこれでも銅膳会を背負って立つ会長を務めている。ワシは悠々自適の楽隠居だよ」

「徳山富夫だ。今日は父の我侭に付き合ってくれて感謝している。遠慮なく楽しんで行ってくれ」

 先ほどから無愛想で機嫌が悪いのかと思うくらい一言も話さなかったその人の言葉に、この人はこういう性質なのだと理解する。

 それにしても。

「ご隠居なさっていたんですか。先ほどは存じ上げず失礼しました」

「なに、林野が教えないのが悪い。それに、だからといってご隠居などと呼ぶのはナシだ。一気に老けたように感じるからなぁ」

「では何とお呼びすれば?」

「そうだなぁ。やっぱりここは名前だろう。浩一郎……ってのは長ぇな。コウさんってのでどうだ?」

 上機嫌で随分と軽い呼び名を提案してくれたものだ。
 彼の立場と宏紀の立場を考えれば頷き辛く、宏紀は確かめるようにその息子の富夫を見やる。
 彼はその視線に何も言わずに頷くだけだ。
 とりあえず、許可らしい。
 父のこの性格に長いこと付き合っているおかげで、好きにしろと達観しているともいえる。

「悪いが、本題を先に済ませてくれ。親父が無理矢理予定を割り込ませてくれたおかげで仕事が残ってる」

「何言ってんだ。双勇会と直通のツナギが欲しいってぼやいてたのはお前だろうが。感謝されて良いくれぇだ」

「えぇ、感謝していますよ。だから抵抗もせずにここまで来たでしょうが」

 ここまで、と簡単に言われたが、彼らが本拠地とする銅膳会の本家は埼玉県は川越市にあって確かに遠い。
 それでもこうして来てくれたのは、それだけ宏紀に会うという目的を重要視してくれたからだろう。
 池袋という場所は、確かに埼玉の玄関口であるとはいえ東京都内で宏紀の方に便が良い。

 本題を、と促されて、林野も宏紀を見やった。
 宏紀が林野に話したのは実父である深山を通して双勇会と銅膳会を結ぶツナギ役を買って出たということだけだ。詳しい経緯が知りたいのは三人共通だった。

 簡潔に話せば五分で済む話だった。
 探偵事務所をしているという家業に実父との関係、昨日聞いてきた双勇会側の事情、被害者となった彼らに同情し、何か出来ることはないかと考えた末のツナギ役であること。

 宏紀自身はこの関係に無関係でも、実父との友好的な間柄に家業と双勇会との契約があれば、宏紀をツナギ役とするのに必要なだけの関係性は十分だった。

「話はわかった。
 先に父が言ったとおり、うちも双勇会とのツナギが欲しかったところだ。
 直接俺に連絡をもらえれば楽だが、カタギの君が俺の連絡先を知っているというのは先々君に迷惑がかかるだろうからな。
 逆に俺が君の連絡先を知ってしまうのも同じことだ。
 話は全て林野を通してくれ。林野はうちの目付け役だからな、立場としても丁度良い」

 確かに林野組は銅膳会二次団体ではある。
 しかし、組織そのものとしてはシマの規模も組員の数もそこそこでしかなく、元は古いテナントビルの一室が事務所だったことを知っているから見た目の羽振りも大したことはないと宏紀には見えていたのだ。
 その割りに新しいビルはいきなり最新セキュリティ状態で驚いたものだが。

 だからこそ、銅膳会の中でも役目を持っていると知らされたのは意外だった。
 その役目がお目付け役という一歩引いた役柄であることはさもありなんというところだったが。

「大事な話は終わったかな? だったら後は食事を楽しもう。難しい顔をしていてはせっかくのメシも酒も不味くなるというものよ」

「大事な話のためにここに集まったんですから、我侭言わないでくださいよ、ご隠居様」

 林野のもっともなツッコミに、翁はわざとらしい拗ね方で渋面を見せたものだが。

「これ。コウさんだと言うただろうが」

「私もですか!? 勘弁してください。この年で敵は作りたくない」

「おめぇが俺の気に入りだってのは今さらだろうが。これからはご隠居呼ばわりしたら罰ゲームだな」

 罰ゲームってそんな、と林野は呆れた表情を隠しもせず。
 しかしそれはつまり、それが許されていると置き換えることも可能だ。
 それだけ信用されているからこそ、目付け役という立場も得られたのではあろうが。

 この親に振り回されてきたおかげですでに達観の域にあるらしい富夫には同情されたものの決定は覆らないようで、ガックリと肩を落とす林野であった。





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