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 警察幹部に渡りを付けてくれるという『土方探偵事務所』の担当者と武人が顔合わせしたのは、その翌日のことだった。
 場所は東京西部のJR駅前にある寂れた喫茶店だ。

 こちらは紹介者である深山組長と武人の上司に当たる孝虎の三人。
 先方は深山組長の息子だという宏紀とその父親で探偵事務所代表者の貢の二人が席上に現れた。

 深山組長と宏紀の顔を見比べてしまったのは、武人の素直な性分の表れだった。
 深山組長をそのまま若くしたような、小柄でほっそりとした容姿ながら内に強いものを秘めた息子だった。

 実際に警察幹部に挨拶に行くのは、貢と武人の二人きりである。
 今回も、仲介者が同席したというだけで打ち合わせは二人がメインになった。

「へぇ。マル暴の現役刑事さんか。随分勇気あるな」

「いろいろと背景がありまして。今は上から指示を受けて立場を得て来ています」

「内偵?」

「はい」

 ふぅん、と気のない返事だが、貢は随分と面白がっている表情だ。

「で? なんでそんなに肩入れしてるのか、教えてもらって良いか? 警察官がヤクザとグルってのはこっちとしても信用し難い」

 元警察官だという貢の台詞にそれはそうだろうと頷いて、しかし武人は困ったように孝虎を見やる。
 理由の一方は個人的に可愛がっている年下の友人が被害者だからという、誰でも納得してくれそうな内容だが、その子と知り合った理由もこうして肩入れする理由もすべては恋人に繋がっており、これを説明していいものかどうかの判断がつかないのだ。

 武人が困っていると、しばらく静観していた深山組長が口を開いた。

「吉井さん。住吉のより、旦那についてきてもらったら良かったんじゃねぇか?」

「旦那とか言わないで下さいよ。今は住吉の客分ですから、大倉は無関係でしょう? 何を理由について来てもらうっていうんですか」

「説明するにはうってつけじゃねぇか。立場を考えなきゃならねぇとなると、めんどくせぇな」

 ふん、と面白くなさそうに鼻を鳴らすが、そもそもその口出し自体が目的だったようで、深山はまた椅子の背もたれにふんぞり返って腕を組みなおした。
 なんとなく察せられた内容に、土方父子が顔を見合わせている。

 深山に勝手に匂わせるようなことを言われて腹を括った武人は、自分が置かれた状況を詳しく説明する。
 簡単に説明したくらいでは理解不能な、微妙な立場なのだ。

「今回ご紹介をお願いした事象の背景についてはどのくらいご存知ですか?」

「双勇会の組織の一つが襲撃にあって、ホシが一般市民ってことで手が出せないから、警察にリークするための繋ぎが欲しい、って話を聞いている」

「その襲撃にあったという組織は川崎を本拠にする大倉組でして、私の恋人がそこの若頭をしています。
 基本的にお互いに仕事には口を出さない約束で付き合っているのですが、今回ばかりは放っておけませんで」

「襲撃にあったのが大倉の組長と金庫番って話は聞いてもらっていると思うが、組長は俺やそっちの息子さんと同じくらいの年頃で、金庫番に至っちゃまだ大学生だ。
 二人ともヤクザにゃ見えねぇナリをしていてな、それ相応に腕っ節も弱い。普段ならガッチリ守られてるんだが、その前に銅膳会であった襲撃事件の対応で人を裂いていたおかげで手薄だったところをやられたってわけだ」

 事件について説明してくれた孝虎に、武人も頷いてその先を引き受ける。どうにも口に出しにくそうだったのを察していたのだ。

「ようやく居場所を掴んで助けに行ったときにはホシも逃げた後でした。
 真っ暗な物置小屋で火の消えたランタン一つ、むしりとられた服をわずかに引っ掛けただけで放置されていましたよ。
 金庫番と呼ばれているその子は俺も可愛がってる子でしてね。あんな酷い状況を目の当たりにして、何もしないではいられません」

 強姦、という具体的な言葉はさすがに飲み込んだ。
 けれど、土方父子にも正しく伝わったらしい。二人ともだんだんと険しい表情になりつつ、話を真剣に聞いてくれた。

「それで、一課に渡りを付けたいっていう話か」

「ホシが組織犯罪に属するならマル暴の担当ですし、それこそ俺が繋ぎで十分です。
 けれど、七瀬さんの証言から相手は素人だと断定できている。となれば、これは一般刑事事件ですよ。
 銅膳会では人死にも出ています。
 ただでさえヤクザは面子を重んじますからね、事を長引かせればそれだけ下の抑えも効かなくなります。
 だからこそ、関東三組織の連携が必要だと上は判断しましたし、その直後の大倉襲撃で裏も取れましたから、後はホシをあげるだけです。
 ただ、暴力団はあくまで暴力団であって、自分たちの組織を守るために行動しますが別に正義の味方というわけではないですし、ヤクザの流儀で始末をつければかえってこちらに縄がかかってしまう」

「それで、挙げたホシを引き取って社会的制裁を加える存在として、刑事部一課に目をつけた、というわけか」

「その通りです」

「銅膳会の件と双勇会の件が同一犯だという根拠はあるんですか?」

 しばらく黙っていた宏紀が首を傾げた状態で問いかけてきて、武人はこれに深く頷いた。

「大倉組長が生き証人ですよ。
 ヤクザなんていってもたいしたことはない、幹部を殺すのも楽勝だったしな、組長がこんなチビッこいのでやってけるんだから、といったことを話していたそうです。
 目隠しをされていたせいで顔は見ていないそうですが、少なくとも八人以上はいるはずだ、と」

 つまり、七瀬と雄太の身体を陵辱した犯人が八人いたということだ。そこに加わらなかった人や見張りなどがいる可能性もあるため、少なくとも、と七瀬は付け加えていた。

 その人数に、宏紀は辛そうな表情を見せた。

「酷い……」

「吉井さん。警察は被害者がヤクザであることを理由にホシもヤクザとあたりをつけているんだろう?」

「はい。だからこそ、今回の件では警察は当てになりません。大倉の件は警察に知られてすらいないんです」

「まぁ、組長が陵辱されたなんざ、面子に関わる事態だからな。被害届なんか出さないだろう」

「メンツに関わらなくても出さないとは思いますけどね。男が男に乱暴されたなんて、一般人にとっても外聞が悪い」

 確かにな、と頷く貢の表情は実に苦々しい。
 警察は被害届を出されないと動けないし、まして被害者が一般市民でないと腰が重いのだ。
 犯罪被害による傷は万人共通なのだが。





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