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しばらく拒んでいた同居を了承したのは、このマンションの名義を譲られたせいだった。
二人で住む家で購入資金は大部分が相方持ちなのだから、資金を提供した側の名義であるのが通常だろう。しかし、それでは武人にとって都合が悪かった。
そもそも、警察官とヤクザの幹部が恋人同士というところに無理があるのだ。
職場の総務部に対してヤクザ名義のマンションに住所異動申請することができずにしばらく渋っていたところ、マンションの名義人を武人にしてしまえと妙案を出したのは七瀬だった。
珍しく早い時間に――といっても22時は過ぎていたが――帰ってきた貴文は、恋人補給と称して夕食より先に挑みかかってきた。
そういうわけで、日付が変わる頃にはベッドにぐったりと横たわる武人と夜食のコンビニおにぎりに齧り付く貴文という図が出来上がっていた。
「……もう少し手加減してくれると嬉しいんだけど?」
「わりぃ。溜まってたんだよ、大目に見てくれ。他で発散されるよりは良いだろ?」
「そりゃまぁ」
喉を酷使したおかげでかすれ気味の声でぶすっと不機嫌な表情を見せながらの抗議に、貴文は多少反省はしているようで肩をすくめつつ言い訳を漏らす。
それから、労うようにふわふわの手触りのする武人の髪を撫で付けるように梳いてやった。
「住吉はどうだった?」
「あぁ。ケーバン、ありがとな。なんか、ちょうど会議中にアポ取り付けたらしくて、仕事割り振られてきた。しばらく付きっ切りになりそうだ」
「仕事?」
「あぁ、アノ件絡みでな。警察とのつなぎ役を頼まれてる。面が割れてないから丁度良い、ってさ」
「ダブルスパイってことか」
「スパイの事実は両方にバレバレだけどな」
本来の仕事には不満もなく誇りを持って職務に当たっている武人だが、敵対組織となるはずの暴力団に対しても特別な感情はない。
身内びいきが入る分、近頃は過度な肩入れをしないように注意しているくらいだ。
そんな考え方を理解して受け入れている貴文には、武人の判断を邪魔するつもりはない。
ベッドでは色っぽく甘えてくれるし仕事中は職業柄凛々しい姿を見せてくれるし、そんなギャップを貴文も気に入っているのだ。
「本当は、大倉の人手不足を手伝ってやりたかったんだけどな」
「うちは神奈川だからな、お前とは管轄が違うさ。動けない俺たちの代わりを頼むよ。こっちも気になって仕方がないんだ。情報源になってくれれば嬉しい」
「それはもちろん」
どっぷり両足突っ込んで身内感覚になっている自覚はある。改める気は武人にはさらさらない。
確かに暴力団ではあるが、やっていること自体は真っ白に近いくらいに健全な組織なのだ。
組長自身が常識的な人だからということもあるし、おそらくは武人に知られないように法を犯していることもあるかもしれないが。
人に迷惑を掛けない範囲ならば、法に抵触することでも目をつぶろうと武人も実は覚悟をつけていたりする。
今のところその決意は恋人にも内緒だが。
するりとベッドから這い出してバスルームへ移動していく武人を見送って、貴文はとっくに食べ終えていたおにぎりの包みを丸めてゴミ箱へ放り込み、後を追う。
たまにそばにいられるときくらい、くっついていても良いだろう。
これから確実に忙しくなるのだし、生活の活力は補給しておかなければバテてしまう。
先に浴びていたシャワーを奪われて、武人は少しだけ背の高い貴文を見上げ、苦笑を返した。
「明日も朝早いんだろ?」
「お前よりは遅いさ」
「わかってるなら寝かせてよ」
「起こしてやるから。補給させてくれ」
「しょーがないなぁ」
壁に押し付けられるのに従いながら、武人は呆れた振りをしつつ身体を預ける。
ヤクザの自分に身を委ねてくれることから信頼を感じて、貴文はしみじみと幸せを噛み締めるのだ。
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