7




 ドアが閉まった途端、野本の姿を確認して駆けつけて来たチンピラ風な大柄の男に驚いて表情も凍りついてしまったが。

 野本に比べれば明らかにヤクザらしい外見だが、30代前半ほどの見た目年齢相応の落ち着きも見られる人物だった。

「兄貴。お待たせしました」

「おう。遠くまで来てもらって悪いな。長津田まで行ってくれるか?」

「へい、それはかまいやせんが。兄貴のご自宅は青葉台では?」

「彼を送る約束をしてな」

「お客人でしたか。承知いたしやした。お客人、道案内をお願いしやす」

 口癖なのかどこかの方言なのか、「ます」を「やす」として話すその人はチンピラよりは少し大人という雰囲気の割りに真面目なタイプらしい。丁寧に頭を下げられて豊もまた頭を下げ返した。

「お世話になります」

 少し離れた場所に車を停めてあったようで、やがて目の前に黒いスモークが貼られたベンツが横付けされた。後部座席のドアを開けてもらって先に乗り込んだ野本の隣に乗せられる。

 迎えに来たその人も助手席に収まると、車は衝撃を感じさせずに走りだした。

「らしい車で悪いな」

「いいえ。むしろなんか、安心しました」

 庶民的環境で暮らしてきた豊はなのでベンツほどの高級車に乗ったことはさすがになかったが、それでも手が届かないほど珍しい車でもない。座り心地の良いソファーに気持ち良さを実感しつつ、豊はなんとも嬉しそうに笑った。

「安心?」

「だって野本さん、あんまりらしくないんですもん。疑うつもりはないですけど、真実味もないんですよね。だから、改めて納得しました」

「納得した割りに態度は変わらないんだな。怖がられても困るからかまわないが、怖くないのか?」

「今まで散々普通にお話ししてきて今更ですか? そんな失礼なことしませんよ」

 立場をまったく知らなかったならともかく、自己紹介までしてもらっておいても遠慮なく会話を交わしていたのだから、改めて怖がるのは失礼だというわけだ。良識云々の前に、大した度胸だと感心するのにふさわしい。

「やっぱり良いな、豊くんは。手放せないよ」

「手放す前に、まだ手に入れられてないつもりですけど?」

「俺は手に入れる気満々だからな。覚悟するように」

「肝に命じておきます」

 クスクスと上機嫌に笑って答える豊は、酔いのせいか深夜という時間のせいか、女性とはまた違った妖艶な色気をほんのり纏って野本の視線を引き寄せる。自覚がないからこそ垣間見えた姿だろうが、惚れ直すには充分で。

「このまま、うちに来ないか? 独りで飲むにはもったいない良い酒があるんだ。家につく頃には酔いも覚めるだろうし、飲み直そう」

「焦りは禁物ですよ、野本さん。またの機会にぜひご相伴に預からせてください」

「それは、今日はダメだが次の機会なら誘っても良いということかな?」

「えぇ。楽しみにしてます。あ、ケータイの番号教えてください。電話苦手なんでメアドだとさらに助かります」

 相手がヤクザ者だとわかっていて、しかも口説かれていると自覚していて、連絡先の交換に警戒を見せない。駆け引きのつもりなのか、単に無防備なだけなのか。ずいぶん長いこと隣に座って会話をしていてもどちらとも言い切れないところが豊をミステリアスに見せている一因だろう。

 せっかく豊の方から連絡先の交換を申し出てくれたのだから、勿論このチャンスを逃す野本ではなく。

「赤外線あるか?」

「最近買い換えたばかりなんですよねぇ。確か付いてたはずなんですけど」

 言いながら取り出したのは最近急速に普及し始めたスマートフォンだったが。

「赤外線付いてるスマホってあったのか?」

「お財布も付いてますよ……。あ、あった」

 はいどうぞ、と差し出されて、野本の方はずいぶんと使い込まれた2つ折りの携帯電話を差し出す。

「交換してくれるか? アナログ人間なもんでな、苦手なんだ」

「じゃあ、ちょっとお借りしますね」

 赤外線通信機能など、豊にしてみれば初めて触る機種でもマニュアルもいらない簡単な機能だが、トラックドライバーのおじちゃんやパートタイマーオペレーターのおばちゃん相手にユーザーサポートなどしていれば、本能レベルで機械音痴な人間もいて当たり前だという認識を持つのも自然な成り行きというものだ。野本も電話とメールしかしないタイプなのだろうと理解して、受け取った携帯電話を少し弄って電話帳にそれぞれのプロフィール情報を交換した。

 プライベート用とはいえ、組関係の連絡先が山のように登録してあるその電話機を身元も確かになっていない相手に無防備に渡してしまった野本に、普段から付き人その3くらいの立場でいる助手席の男が心底驚いていた。

 手元に戻った携帯電話を確認して、野本がいきなり笑い出す。

「あはは。すげぇメアドだ」

「やっぱり笑うんですね。今のところ、百発百中です……」

 寂しそうに豊は拗ねて見せるが、百発百中で笑われるに足るものなのだから仕方がない。偶然ならともかく、明らかに笑われることを想定して作られているのだから自業自得というもので。

 表示されたメールアドレスの@の前方は、ほっぺたにキスをするシーンを描いた絵文字そのものだった。

「こうか?」

 肩を抱き寄せて、酔っているせいか恥ずかしがっているせいか、ほんのり赤く染まった頬に口づける。

「ちょっ! 野本さんっ!」

 大慌てで押し退ける豊の腕に素直に押し退けられながら、上機嫌で笑う野本だった。




 週が変わって月曜日。

 週末とは人が変わったように幸せそうな艶々の表情で腰を庇って歩く豊の姿に、同社の社長と開発部長が事情を察してやれやれと顔を見合わせて首を振ったその頃。

 川崎市の市街地ど真ん中に建つ近代的なオフィスビルの最上階で、野本は自らの上司に呼び出されて直立不動の姿勢をとっていた。

「何でノモさんまで男に走っちゃったかなぁ。しかも完全な一般市民」

「誰と付き合おうと自由だがな。恋人の身は守れよ」

 上司として、親分として、苦言を呈さないわけにはいかなかったのだろう。ヤクザという特殊な身分だけに、身の安全は一般人ほど無条件では保障できないものなのだから仕方がない。勿論、大事な子分が見つけた幸せなのだから、他の組員たちの家族や恋人と同様にその身の安全を守るためのバックアップは組全体の責任で全力を傾けることに違いはない。

 とにかく、必要な苦言はしっかり口にしてから、組長七瀬はニンマリと笑ったものだが。

「それで? 会わせてくれるでしょ?」

「もちろん紹介はしますが、見た目は普通の男ですよ?」

「そんなの、吉井さんだって普通の男じゃん。中身が大事なんでしょ? ノーマルだったはずのノモさんが惚れた相手だもん。メッチャ楽しみ!」

 ふふっと笑う七瀬は、普段通りの組長らしからぬ子供っぽさだ。断ることのできない立場な野本は、そんな組長の祝ってくれてあるのには違いない反応に喜んで良いやら呆れたら良いのやらで、困ったように笑うしかないのだった。





[ 7/14 ]

[*prev] [next#]

[mokuji]

[しおりを挟む]


戻る



Copyright(C) 2004-2017 KYMDREAM All Rights Reserved
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -