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 川崎のウォーターフロントが一望できるその窓に視線を向けて、隣に並んで肩を抱かれて豊はうっとりと感慨に耽っていた。2人の前には、大きな氷に飴色の液体を沈めたロックグラスが置かれていて、落とされた照明のわずかな光を反射して輝いている。

 部屋はリビングとベッドルームに別れたスイートタイプで、川崎の祐也の自宅に劣らない広さがゆったり気分を味あわせてくれる。

「良いところだね」

「夜のプラントはなかなか綺麗だからな。この景色は組長のこだわりだ。ちょっと間取りが不思議だろ?」

「確かに。でも、違和感はないよ」

 そうだな、と祐也も同意する。変、と言わなかったあたりに意図があったようだ。

 それから、少し沈黙が降りる。

「……なぁ」

 少し強めに抱き寄せて、祐也がなにやら真剣な表情で声をかける。それを見なくても感じ取った豊が、見返して首を傾げた。

「何?」

「一生を俺に預けてくれないか?」

 男女の仲ならプロポーズともいえる台詞だ。祐也の職業を考えれば相当な覚悟が窺える。突然のことに、豊は目を丸くしてしまった。じっと見つめあうのは、真意を見極めるためか。

「時間をどうこう言うのは主義に反するんだけどさ。まだ1ヶ月だよ? もう少し様子を見ても良いと思わない?」

「残念だが、まったく思わねぇな。豊が欲しい。生涯、俺の隣に」

「……何で断言できるの?」

「今日改めて惚れ直したからな。お前には惚れる一方だ。ちょっとズボラなところも可愛いばっかりだし、その度胸は尊敬できるほどだと思う。苦労をかけるかも知れないが、その分を補って余りある愛情は自負できる。俺と付き合う覚悟を決めてくれたんだろう? なら、一瞬も一生も大差はない」

 堂々と断言してくれる年上の男を、思わずじっくり見つめてしまう。一回り近く年上で、年長者の余裕が頼り甲斐に繋がっている、その上年令にそぐわない情熱で豊を口説き落とした男。

「一生って、どのくらいを想定してる?」

「一生は一生だろ。お互いに白髪のジジイになって、墓場まで。……まぁ、ヤクザの俺が白髪になるまで生き残るってのは保証できないが、豊がいるなら岩にかじりついても生き延びる覚悟はあるぞ」

 なんだか少し重い想いを聞かされて、そこに含まれた内容に豊は悲しそうに目を伏せる。

「俺がいないと諦めちゃうの?」

「そうだなぁ。この世に豊以外の未練はないな」

 犯罪者に仕立てられた時点で親族には縁を切られているし、ヤクザの構成員になった時に血縁者からも縁を切った。組の仕事はそれなりに遣り甲斐もあって真剣に取り組んできたが、事業も軌道に乗っていて祐也でなければならない時期を越えている。恋に生きるのに丁度良い時期だとも言えるが、一度失意のどん底に落ちた時に生への執着心をどこかに置き忘れたようで、あまり積極的に生きたいとは思えないのだ。唯一、豊を置いては逝けないと思う。それが本心だった。

「俺、そんなに責任持てないよ」

「豊が責任を感じる必要はないよ。俺が勝手にそう思っているだけだ。そんなわけで甘やかしたい事情が俺にはあるから、気にしないで甘やかされていれば良いのさ。簡単だろ?」

「ちょっと恐い……」

「若いうちは移り気なのが当たり前なんだ。ただ、俺に心が向いている間だけでも、一生だと思っていて欲しい。別に結婚できるわけじゃないし、拘束できるほど俺に力があるとも思ってないよ」

 口調は穏やかで、選ぶ言葉も豊を思いやったものだが、激しいまでの熱意が伝わってくる。こんな情熱を持った人だからこそ、罠に嵌める標的にされるくらい有能だったのだろう。しみじみ実感してしまう。

「少し、考えても良い?」

「良いぞ。前向きに検討してくれれば嬉しいが、別れるって結論以外なら大抵は受け止める」

「……太っ腹」

「そりゃお前。このままずるずる付き合って気がついたら墓場でした、でも俺の願望は満たされるんだぞ。余裕のよっちゃんだろ」

「えぇ〜? なんか珍しくジェネレーションギャップ」

 笑わせるつもりの台詞だと分かって、豊はクスクスと遠慮なく笑う。そうして楽しそうな表情を見せてくれた豊の唇の端に祐也が触れるだけのキスを落としてくれる。

 歳も立場も考え方も、何もかもが違う2人だが、それでも貴重な出会いだと思える大切な恋人。まだ彼氏に見合う覚悟はできないけれど。

「返事は忘れても良いぞ」

「もう。甘やかし過ぎでしょ」

「可愛い恋人甘やかして何が悪い」

 開き直りついでにジャレついてソファに押し倒す祐也に従って、豊は幸せそうに笑う。本人の意思はともかく、プロポーズ自体は嬉しいものだったらしい。確かめるまでもなく分かりやすい反応に、はっきりした満足感を得る祐也だった。





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