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「で、グラス空いてるぞ。何にする?」

「エメラルドクーラー」

「珍しい。ジン苦手だろ?」

「あれは別格。ミントの方が強烈でジン臭さが気にならないから」

 ふぅん、と分かったような返事なのは、豊が好む甘いカクテルを祐也は飲まないせいで味のイメージが湧かないせいだろう。提供される緑色のロングカクテルに、隣の吉井が綺麗だねぇとうっとりしている。飲みたそうなのが分かったのか、そのさらに隣で近江が苦笑しているが。

「タケ。お前には無理じゃねぇか? けっこう強いだろ、それ」

「大したことないですよ。ソーダ水で割ってますし。でも、ミントが苦手ならやめた方が良いですよ」

「でも、ミント味のお酒って気になる」

「なら、グラスホッパーなんてどうですか? ここのバーテンダーさん、腕が良いみたいだからきっと美味しいですよ」

「グラスホッパー? ってことは、バッタ?」

 話の流れを聞いていて祐也が勝手に注文する。ちょうど暫く空いていたグラスの代わりに吉井の前に提供されたのは、足の長いカクテルグラスに入った緑がかったクリーム色。ほんのり泡立って口当たりも柔らかそうだ。

「これね、生クリームがうまく攪拌されないと美味しくないから、バーテンダーさんの腕が試されるカクテルなんですよ。これでペパーミントが飲めなくなった人もいるくらいで」

「甘くて美味しいね。チョコミント?」

「えぇ、まさしくチョコミント」

 材料からしてなんのてらいもなくチョコミントだ。無色のカカオリキュールにグリーンのミントリキュール、生クリームをシェイカーに全て入れて生クリームが少し泡立つくらいに混ぜ合わせている。アルコール度数もそう高くはなく、むしろ女性におすすめしたいカクテルだ。

「……なぁ」

「ん?」

 吉井が新しく覚えたカクテルに幸せそうにしているのをしばらく眺めて、ふと何かに気づいた祐也が首を傾げた。声をかけられて、豊は吉井に向けていた視線を恋人に戻す。

「今日はもしかして、緑の日か?」

「……さりげなくしてたつもりだったんだけどなぁ」

「こないだ青の日してたからな。正直、エメラルドクーラーでやっと気づいた」

 祐也の言葉で豊が今日口にしたカクテルを思い浮かべたらしい。七瀬が驚いた表情を見せる。バナナミルクに始まり、ガルフストリーム、モッキンバード、メモリアルグリーン、プラウドマン、シエスタ、ミドリジンジャー、エメラルドクーラーときている。ショートカクテルからロングに変わってきているので、そろそろネタ切れらしいとも見てとれて、祐也は豊と付き合いはじめてさらにレベルアップした脳内カクテルレシピを検索しはじめた。

「ジンは除くよな?」

「うん。それで、アラウンドザワールドとグリーンアラスカは諦めた」

「緑色なぁ。いろいろありそうで意外と思い付かないな。無理矢理こじつければ、モヒートとか」

「ミントの葉っぱが入ってるだけで、無色じゃん」

 だよなぁ、と悩みだす祐也に、豊は何故だか嬉しそうに笑っている。こうして恋人を喜ばせようと苦心してくれるのが嬉しいのだ。こんな人だからこそほだされたのだと断言できる。

「ニンジャタートルなんかどうだ? 俺もレシピは覚えてないが、見てて楽しいぞ」

「それも、ジンベースですよ」

 緑色のカクテルで悩んでいるところが気になっていたのか、今まで存在感すら消してカクテルを作ってくれていたバーテンダーがとうとう口を挟んだ。豊がそれに反応する。

「どんなレシピなんですか?」

「ジンベースにブルーキュラソーとオレンジジュースで緑色を作るものです。オレンジの分、緑色が濃いめでしょうか。ガルフストリームをご存知なら、さして面白みもないかと」

「ずいぶん味も変わるだろ」

「色が変わる面白さは目新しくないでしょう?」

 祐也の突っ込みに平然と反論する姿で、豊はおやと首を傾げる。意外に遠慮がない会話だ。

「お知り合い?」

「前の会社が倒産した時に引き抜いておいた、前職からの戦友だ。腕は保証するぞ」

「……知らぬこととはいえ、先ほどは失礼しました」

 まさかそこまで親しい間柄とは想像しなかった。不躾にも「腕が良いみたい」などと勝手に評価してしまったのが恥ずかしい。素直に謝る豊に、とんでもない、と彼は手と首を振った。

「作ったカクテルで腕を評価していただけるのは、バーマンとしても有り難いことです」

「そう言っていただくとホッとします」

「で? 田所さんなら何勧める?」

「緑色で、ジンベースを除く、ですか」

 改めて祐也に質問を投げられて、そうですねぇ、と少し考えたふりをして。

「甘いものは大丈夫ですか?」

「むしろ甘い方が好きですよ。お子様舌なんで」

「では、フェアリーランドはいかがでしょうか。ウォッカベースにメロンとココナッツリキュールが入ります。トロピカルカクテルですね」

 じゃあそれで、と頷きの返答を得て、彼がシェイカーの準備を始める。豊の注文が終わるのを待っていたように、祐也の隣から七瀬が手を挙げた。

「じゃあ、俺はそのニンジャなんとか」 
「なんとかじゃなくてタートルですよ。ってか、けっこう強いですよ?」

「平気〜。潰れたら晃歳に抱っこしてってもらうから〜」

「すでに酔っ払いさんだな」

「だから〜、今日は潰れる気満々だよ〜って言ってあったでしょ〜?」

 さらに隣の旦那に指摘されてプッと頬を膨らませてそう言う組長に、豊は素直に驚いた。が、そうして立場を気にせず子供っぽい本性をさらけだせるメンバーなのだなと理解できる姿でもあって。そのメンバーの1人に数えられたことが豊には嬉しい。

 提供された2つのグラスは、確かにどちらも緑色だった。一方は薄い黄緑、一方はむしろモスグリーンだろうか。

「うわ、見た目によらずアルコール強い」

「そのくらい、豊には強いうちに入らないだろ」

「うん、そりゃ、まぁ。見た目を裏切るなぁと思っただけ」

 確かにそうですね、と笑って、バーテンダーはそこを立ち去っていく。そろそろバーが混み始める時間のようで、店先に一般客の姿があった。

 見計らっていたようで、テーブル席についていた戸山が近づいてくる。

「七瀬、そろそろ時間のようだぞ」

「はいはい。営業妨害は本位じゃないからね。帰ろうか」

 つまり、自分たちの立場を考えて、一般客の迷惑にならないうちに帰ろうと示しあわせていたのだろう。彼らの容姿からその職業を予測するのは困難だろうと思われるのだが。

「ノモさんたちはゆっくりしてって良いからね。中西さん、今日は来てくれて有り難う」

 先ほどの酔っ払いらしい言動が嘘のように、はっきりした口調で礼を告げられて、豊は改めて恐縮して頭を下げた。

 帰ると決めたら行動は早い。全員が揃って早々に帰っていく。その後ろ姿を見送って、豊は隣に座ったままの祐也の顔を覗きこむ。

「良かったの? 見送っちゃって」

「今日の俺はお客さまの接待役だからな。構わねぇよ」

「お客さまなんだ?」

「今日だけ、な。次からは身内扱いだろうから覚悟しとけよ。まぁ、吉井さんの扱いを見てる限りじゃ、そうそうぞんざいには扱われないと思うけどな」

 手の内を明かされて、ふぅん、と答える。基本的に知らない世界だ。そこの住人が信頼できる相手なのだから、任せておけば良い。

「時に、豊くん?」

「……な、何、急に改まって」

「この下に部屋取ってあるんだが、泊まっていかないかね?」

 チャリ、と音を立てて見せられたのは、部屋番号の書かれたプレートにチェーンで繋がれた鍵が1本。

「……用意周到」

「組長の采配だ」

「それ、断りにくいし」

 あっさり白状されて肩を落として。了解と答える代わりに、自分よりは逞しいがガッシリというほどでもない恋人の肩にコテンと頭を預けた。





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