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 ラウンジにいた2組とそれぞれ改めて挨拶した後は、豊はカウンターで祐也と吉井に挟まれていた。吉井の向こうには若頭の近江が座っているし、祐也の向こうは七瀬組長という席順だ。

 完全にド素人の豊に気を遣ってくれているようで、笑って聞ける世間話を中心に話してくれるのは主に吉井だった。世間話と言ってもそれなりの業界の話題なのだが、笑って聞いていても構わない空気が気楽だ。

「じゃあ、依願配属なんですね。恐くなかったんですか?」

「ヤクザさんにも良い人はいるもんだ、ってのがキッカケだしねぇ。実際、ちゃんと向き合えば理解できるもんだよ。頭っから色眼鏡で見るから反発されるんだ」

「頭でっかちの警察官僚候補生にしちゃ変わってるだろ?」

「自分の恋人に対してその評価をする若頭さんも充分変わってますよね」

「だよねぇ」

 吉井の向こうから首を突っ込んでくる近江の言葉に笑って豊が指摘するのに、さらに吉井が笑って頷いている。こんな関係で若頭カップルは上手くいっているらしい。

「実際のところ、マル暴はなり手がいないから希望すればすんなり通るんだよ。一番人気は交通課だね。白バイ部隊はカッコいいしねぇ」

「官僚候補生じゃなかったでした?」

「大卒で本庁勤めだからチャンスはあるけど、キャリア組ではないよ。三流とまで卑下するつもりはないけど一流大卒ではないし」

「ちなみに、聞いても?」

「うん。立正」

「……有名大じゃないですか」

 むしろその大学を卒業しておいて何故警察官なのかも不思議だ。立正大学といえば、仏教系大学として有名どころである。本人は余裕綽々で楽しそうに笑っているのだが。

「大したことないところだよ。中西さんの出身校よりは知名度低いしねぇ。確か、東海大でしょう?」

「よくご存知ですね。調べました?」

「職業柄、暴力団組織に関係する人間は些細な関係でも一通り調べる必要があってね。大丈夫。別れれば情報も消されるから」

「消させねぇよ。ってか、その情報スピードでなんであんたの立場がバレないのかの方が疑問だよ、俺は」

 不穏な注釈だと感じた祐也がすかさず否定して、ついでに呆れたように突っ込んだ。吉井の反応は何とも楽しそうなままだ。

 何しろ、豊が祐也と付き合いはじめてまだ1ヶ月という初々しいこの時期でしっかり調べあげられているというのに、5年を超える付き合いの吉井と近江の関係は表沙汰にならないままなのだ。むしろ不自然なほどに。

「そりゃあ、うちの調査員が間抜けなだけですよ。積極的に隠してはいるけど、住まいを調べれば一発なのにねぇ」

「こんなヤクザの集まりにも平気で顔出してるしな」

「ね」

 自分から「ヤクザの集まり」などと発言する近江に吉井もあっさり頷いている。おそらく、この堂々とした様子が吉井の隠し事をうまく匿っているのだろう。

 酒が入っているせいなのか実に上機嫌な吉井に、豊は少し身体を寄せる。

「ちょっと込み入ったことを聞いても良いですか?」

「俺に? 何かな?」

「仕事、辞めるべきかなとか、考えたことないんですか?」

「貴文と付き合ってて、ってこと? ……最初はあったなぁ。ちょうど見事に敵対関係だったし」

「どうして辞めなかったんですか?」

 その疑問はもしかしたらここに居合わせた全員の疑問だったのかも知れない。全員の視線が吉井に集まった。酔って多少鈍くなっている頭で、吉井は何故か妙に可愛らしい仕草で小首を傾げた。

「たぶん、貴文が辞めろって言わなかったからじゃないかな」

「へ? 俺か?」

「うん。辞めないのかって聞かれたことはあったけど、仕事を続けていくことを認めてくれたから。ギリギリまで頑張ってみようって思ったんだよね。どうせバレたら続けられないんだし、今だけだからとか思ってたのに結局今までバレてない、ってのが実状」

 つまり、なるようになると割り切って時間の流れに身を任せた結果だというつもりらしいが。まさかそんな、と豊は半信半疑だ。

「一応希望して配属された仕事だから放棄したくはないし、できる限りは勤めたいよ。でも、貴文と両天秤に載せるなら貴文を選ぶ。優先順位の問題かな」

「俺を選んでくれる気なのか」

「てかね、その気がなきゃ付き合わないでしょ。職場にバレたらどちらを選ぶもなにも懲戒免職決定だし。さらに貴文まで失うとか、あり得ないって」

「それもそうだな」

 そこまでの覚悟があっての現状であることに豊は感心しきりだ。
 
「だから、サラリーマンの君とは少し事情が違うと思うんだよね」

 話題を振ったのが豊であることは覚えていた吉井がそのように返してきて、豊もまたそうですねと頷くしかなく。

「祐也さんの素性は上司も知ってるくらいなんで、職を失う要因にはならないですし。違いますよね」

「辞めるのか? 独り立ちしたいから頑張ってるんだろう?」

「うん。ただね、組長さんとお話させてもらって、俺って祐也とお付き合いするリスクとかとちゃんと向き合ってたかなぁって改めて考えちゃってさ」

「リスク、な。豊はただ、覚悟だけつけといてくれたら良いんだが。あれこれ考えるのは、自分でこの道を選んだ俺の仕事だろ」

「俺だって、既にヤクザさんだった祐也を選んだんだから、それ相応の考えはするべきなんだよ」

 口答えをして祐也の反論を封じ、それから豊はクスリと笑う。
 
「って、今気がついた」

「……気付かなくて良かったのに」

「またそうやって甘やかすんだから」

 文句を言いながらも甘やかされること自体は嬉しいので、豊は幸せそうに笑うだけだ。





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