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用意された料理はいずれも酒のつまみとして用意されただけあって一口サイズに揃っている。サラダもタルタルソースをかけた温野菜サラダという徹底ぶりだ。大皿に並べられているが、取り箸で手元の皿に移した後は楊枝一本でことが足りる。実際に、割りばしの他にカクテルピンがグラスに何本か用意されていて、自由に使えるスタイルだ。
「どうだ?」
「? 美味しいよ?」
「……味じゃなくて、この出し方だ。前に言ってただろう? バーのつまみは楊枝で簡単に食える方が良いって」
確かに言ったかも知れない、と豊は自分の発言を思い出す。どうやら、豊の思いつきを祐也は自分の仕事として実現していたらしい。
「覚えてたんだ?」
「俺にはない発想だったからな。せっかくだから実現化してみた」
してみた、というのだから、この店の責任者も祐也が任されているのだろう。飲食店全般と他にいろいろ、が担当と聞いていた豊だから、他にいろいろの内にホテル経営も含んでいるのだろうとは容易に想像がつく。
「うん。つまみやすくて良いと思う。使ってる楊枝を容れておけるものがあったりするとベストかも」
「容れて? 箸置きとかじゃなくてか?」
「せっかくバーだし、カクテルピンだし、ショットグラスなんか良いんじゃない?」
ショットグラスという言葉が指したグラスの形状が思いつかないようで、七瀬が旦那と顔を見合わせる。祐也は成る程と頷いて腰も軽く席を立った。
部屋を出る直前に、祐也が豊を振り返る。
「次、どうする?」
「ガルフストリーム」
「OK」
今度こそ部屋を出て行く祐也を見送って、豊は手元のグラスを空にした。アルコールが入っているとはいえ、ほとんど酔わない豊にとってはバナナジュースでしかないのだから、妥当なスピードだ。
早いねぇ、と七瀬は感心した様子だが。
「今言ってたカクテルってどんなの?」
まだ豊と同じで頼んだグラスの半分しか飲んでいない七瀬が、初めて聞く名前に興味を示す。丁度目の前に座っているので、正面から見つめられている形だ。
真っ正面から美少年的な歳上の男性に見つめられる経験のない豊は何となく恥ずかしそうだ。
「ガルフストリームですか?」
「うん、それ」
「ん〜。桃のリキュールをグレープフルーツで割った緑色のカクテルです。サッパリ系で少し甘めですね」
ザックリした説明だが、それで七瀬には充分だったようで成る程と頷いている。
「で、ヤクザとしばらく付き合ってみた感想を聞かせてもらっても良いかな?」
ついでのように尋ねてくる七瀬に、きっと今日の面会はそれが主旨なのだろうと判断して、豊は姿勢を正した。
「確かに祐也さんの職業はヤクザさんなんでしょうけど、僕は彼を職業で見たりしてませんから」
「それでも、うちの幹部の1人には違いないよ。そんなことがないように気をつけてはいるけど、とばっちりが行くかもしれない」
「その時は彼が助けに来てくれるまで頑張りますよ」
そんな覚悟がついているのかといえば怪しいところだが、万が一の可能性に怯えて別れたいと考えられるほどの関係ではすでにない。
豊の返事に、七瀬は嬉しそうに笑った。
「良かった。ノモさんはカタギでもやっていけるところを無理に引き込んでたから、心配してたんだ。良い人見つけたね、ノモさん」
最後の一言は七瀬の顔が戸口を向いていた。同じように見やれば、祐也がトレイ片手に立ち尽くしているところだった。
「まぁ、なんかあっても組として全力で助けるから大船に乗った気でいれば良いさ。大倉に逆らう奴はなかなかいないがな」
残念ながらそれは純粋に大倉組の実力ではないが、大倉組に肩入れしてくれる大物の数は半端ではない。クックッと笑いながらそう言うのは晃歳だった。うん、と七瀬も頷く。
「うちはそんなに敵もいないから大丈夫だと思うよ。ただ、一応はヤクザ稼業だから一般人よりはリスクが少し高いかなとは思う。勿論、うちの組員はうちの家族だと思ってるからね、万一の時は組総出で助けに行く。だから、安心して待ってて」
「はい」
組長の立場での台詞なら、疑う必要もない。豊は全面的な信頼を込めて頷いた。
コトリと音を立てて目の前にグラスが置かれて、豊は祐也を見上げた。ありがとう、と礼を言って笑うと豊の平凡な顔も可愛らしく見られる。
「これで良いか?」
カクテルグラスの横に空のショットグラスを置かれて、豊は我が意を得たりとニンマリ笑い、手で弄んでいたピンをそこに立てる。カランとガラス質な音を立ててピンがグラスの中を転がる。
「手元に横倒ししておくより邪魔にならなくて良いな、それ」
へぇ、と感心したように言うのは晃歳で、七瀬は何故か満足そうにニコニコしている。
「ある程度食べたらあっち行こうね。バーテンダーさんの前で頼んだ方が楽に飲めるでしょ? 紹介したい人もいるし」
「向こうにいらしたお二組ですか?」
「あぁ、会った?」
「いえ、祐也さんに教えてもらっただけです」
「じゃあ、是非紹介させて。カタギ同士だし、吉井さんとか話し合うんじゃないかな」
ニコニコと笑顔を見せてそう言う七瀬に、豊も是非にと頷いた。
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