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 エレベーターが着いたのは最上階だった。周囲を囲む工業団地の明かりから遠く横浜の港に建つ高層ビルや観覧車まで見渡せる、夜景の綺麗なバーラウンジが用意されていた。

 時刻は20時数分前。まだ一般的には食事の時間なので、バーが混み始めるには早い時間なのだろう。店内には年の差カップルらしい2人連れがテーブル席を使っていて、サラリーマン同士のように見受けられる2人がカウンターに並んでいる。その2組しかまだいないようだ。

 その店内を見回して、祐也は呆れた声を上げたものだが。

「うちの連中はどいつもこいつも暇人か?」

 どいつやこいつの指す意味が不明で首を傾げて恋人を見上げる豊に、祐也は肩をすくめた。

「あっちでイチャイチャしてるのが、俺と同じ若頭補佐の奴とうちの稼ぎ頭。で、カウンターのは若頭とその恋人」

 大倉組の幹部たちの人間関係は祐也に聞いて知っている豊は、驚いて両方を交互に見てしまった。なにしろ、女性と思っていたほっそり系美人が男だというのにも驚いたし、もう一方は警察官でヤクザの恋人だという奇特な人物だ。思わず観察してしまうのも無理はない。

 さらに、案内された個室で待っていたのは、とてもヤクザの組長とは思えない小柄で色っぽい美人とその旦那と思われる紳士だった。

「こんばんは。遠いところをご足労かけました。どうぞ、座って」

 話しかけてきたのは、童顔を隠すためらしい薄い眼鏡をかけたサマーセーターに細身のジーンズの美人の方だった。確かにラフな姿だ。

 座るように席を示されて大人しく腰を下ろすと、美人が目の前、紳士はその右隣、祐也は豊の左隣にそれぞれ座る。

「はじめまして。野本の上司で、大倉七瀬といいます。こちらは横内晃歳。野本に付き合う限りの付き合いになると思いますので、どうぞよろしく」

「中西豊です。今日はお招きありがとうございます」

 丁寧な挨拶をもらってしまって、豊はもの慣れない様子で挨拶を返す。改まった場であることは承知していたが、荒くれ者を率いるヤクザの組長がこんな落ち着いた美人とは想像していなかった。おかげでしっかり戸惑っている。

「とりあえず、何か飲み物頼もうね。中西さん、飲める口だって聞いてるし、今日は遠慮しないで飲んでね」

 にこりと微笑む表情がこれまた色っぽく、豊は頬を染めて見とれてしまっている。隣から咳払いが聞こえて、はっと我に返った。

「ったく。色気垂れ流しすぎでしょう、組長。お前も、人妻に見とれてんなよ」

 苦言というよりもはや嫉妬からくる文句でしかない台詞を吐いて、祐也が立ち上がった。

「何にする? まだ飯食ってねぇだろ?」

「うん。何か食べたいかも」

「軽く摘まめるモンは用意してある。始めはミルクものにしとくか?」

「じゃあ、バナナ」

 ミルクものと言われて、それが合う食べ物なのだろうと想像がついた。了解を示すように頭を撫でられて、豊は少し子供っぽい表情で笑った。

「組長は何飲みます? 副長はビールで良いですか?」

「ノモさんにおまかせで良いよ。軽くて甘いのね」

「じゃあ、豊と同じにしておきますよ」

 祐也は幹事の役割に当たるのだろう。豊以外の希望も聞いて、戸口に控える人物にそれらを伝えて戻ってくる。

 注文を受けた人間と入れ替わりに別の者が両手に皿を持って室内に入ってきて、配膳して退室していく。あまり洗練されているとは言えない物腰なので、組の人間かこのバーのアルバイトだろう。

 テーブルに温野菜のサラダとローストビーフ、ガーリックトーストのバゲットが並べられて、今度は明らかにバーテンダーとわかる立ち姿の男がグラスを4つトレイに載せて運んできた。2つはビールで、2つはロックグラス。ロックグラスの中身は緑の透明な液体と白いミルクの2層に分かれていて短いマドラーが刺してある。

「乾杯っていうのも変だしね。どうぞ召し上がって」

「え、あ、は、はい」

「ありゃ? 緊張しちゃってる?」

 思わずどもった豊の返事に七瀬がようやく気づいたように首を傾げて、豊の隣で祐也が苦笑中。当たり前だろ、と晃歳が突っ込んでくれる。

「お腹空いてるでしょ? 遠慮しないで。晃歳は俺と同じ皿で良い? 適当に取るよ」

「あぁ、頼む」

 立場で言えば七瀬が上位だが、夫婦関係は晃歳が旦那の位置で、七瀬の態度が甲斐甲斐しい。晃歳もこれを違和感なく受け止めているから、日常なのだろうとは見てとれる。

 そんなラブラブぶりを見せつけられれば対抗したくもなるというもので。

「適当で良いなら同じ皿で食うか?」

 ようやく緊張を意地が凌駕して皿を取ろうと視線を向ければ、少し早く祐也が動いていた。

「はぅ、一足遅かった」

「気にすんな。そのうち慣れる」

 隣にだけ聞こえるくらいの小さな声の呟きに祐也はクックッと喉を鳴らして笑った。





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