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 忙しいプロジェクトに組み込まれてしまったため今日も終電で自宅に帰る元気がなく、川崎にある恋人の別宅の玄関を開けた。週末以外は青葉台の自宅に戻らない恋人は、川崎市内にもマンションを持っていて、合鍵を預かっているのだ。

 恋人の仕事はむしろ日が落ちてからが本番で、豊が眠ってから帰宅して豊の眠るベッドに潜り込み、豊がそっと出かけて行くまで眠っているというすれ違い生活だ。お互いに寝顔ばかり見ている。それでも、恋人を抱きしめて眠り恋人に抱きしめられて目を覚ます睡眠事情は充分幸せだ。

 豊は最近、このマンションに引っ越して来ないかと誘われていて、かなり本気で悩んでいた。勤務先に近くて非常に便利なのと、毎朝寝顔だけでも見られる環境は抗い難い誘惑だ。付き合い始めてまだ1ヵ月なのに図々しくないだろうかという戸惑いが豊の決心を邪魔しているくらいで、あまり拒否する気持ちもない。

 玄関を開けたらリビングが明るくて、少し驚いた。

「おう。お帰り」

「ただいま。この時間にいるなんて珍しいじゃない」

 風呂上がりらしくパジャマ姿でソファーに座る祐也に、豊はネクタイを外しながら声をかける。その豊の姿を振り返り、祐也も苦笑の表情だ。

「お前も珍しくスーツだったんだな。それで昨日は来てなかったのか」

「うん。こっちにスーツ置いてなかったからね。客先に仕様の確認に行ってたんだ」

 風呂に入るよりせっかく始まった会話を優先して、豊は祐也の隣に腰を下ろした。肩を抱き寄せられて、外着のままだから汚いよ、と笑う。それでも手を離さない祐也に身を預けるのに躊躇はない。

「お前、客先訪問するほどの地位なのか?」

「今回は、ね。既存システムの改修だから、新人たくさん抱えて教育ついでのプロジェクトなんだ。俺は根幹部分の改修とプロジェクト管理が担当。部長からさっさとプロジェクト管理覚えてリーダーやれるようになってくれ、って訴えられちゃった」

 つまり、有望視されているということらしい。豊が部長と呼ぶのは開発部長をしている小谷のことで、話題に出る人物の顔が分かるから会話の状況を勝手に想像する。

 可愛い系の童顔青年が2人で、他の年長者を差し置いて肩書き持ちに向けたレール引きの相談をしている図が、簡単に出来上がる。傍目には出世話などしなさそうな2人であるから、見かけた他人にはその話題は想像もつかないに違いない。おそらくそうかけ離れていない見立てだろう。

「頑張るのも良いが、無理はするなよ。社畜になってもなんの見返りもないからな」

「でも、早く管理職経験積みたい気持ちはあるんだよ。独り立ちするにも転職するにも、経験があるかどうかって重要視されるもんね」

「独り立ち? する気あるのか?」

「そりゃ、あるよ。いつまでもプログラマーやってられるほど頭良くないし。上流工程っていっても限度はあるし。一生の仕事とは思えない」

 まだ具体的に形のある夢ではないが、相応の希望はあるようだ。まだ20代半ばと考えれば、先の長い人生、目標のあるのは良いことだ。

「会社を興すなら俺がパトロンになってやるよ」

「心強い後ろ楯だね」

 クスクスと笑いながら、豊はそう答えて、ソファーから立ち上がった。

「お風呂いってくるよ。今日も遅くなっちゃったしね」

「今日仕様の話してるってことは、しばらく忙しいのか?」

 脱衣室に移動していく豊を見送りながら問いかければ、豊からは肯定の返事が返ってきた。

「まだ休出するほどじゃないけどね〜」

「今週の金曜、夜に時間取れるか?」

 わざわざ予定の確認が入るのに驚いて、豊が脱衣室の戸口から顔だけ覗かせた。肩が剥き出しなので、すでに全裸なのだろう。

「そりゃ、大丈夫だけど。何で?」

「うちの組長が会いたがってる」

 その答えに、何故自分に会いたがるのか理解できず、豊がキョトンと目を丸くした。その表情がことのほか幼く見えて、祐也は苦笑する。

「詳しい話は後でしてやる。とりあえず風呂入ってこい」

「うん」

 理解できないままとりあえず頷いて、豊はまた戸の向こうに姿を隠す。それを見送って祐也は肩をすくめると、寝床の準備のために寝室へ向かった。夜が仕事時間な祐也と違って、恋人はまた明日も朝が早いのだ。





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