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 それは、七瀬が中学一年生の時のことだった。
 当時の七瀬も、今の体格から想像がつくように、背が低く痩せっぽちで、ひ弱な印象を他者に与える背格好をしていた。
 実際、その生まれの割りに温厚な性格で、腕っ節も弱く、七瀬の生まれのことなど学校の誰一人として知らなかったし、想像もできなかっただろう。

 おかげで、クラスの中では常に落ち着いた優等生と見られていて、実際学業の成績も良かったから、クラス委員などを任されていた。

 その時も、クラス委員の仕事で、学園祭のクラスの出し物の申請を生徒会に提出してきた帰りだった。

 教室に置きっぱなしだった荷物を取りに教室へ戻る途中、視聴覚室の前を通りかかった。

 そこに、同じクラスで不良グループの仲間だった少年が立っていた。

「大倉。ちょっと付き合えよ」

 相手の都合を無視した物言いにカチンときたものの、腕っ節で敵うわけも無く、家柄を隠し通したい七瀬は、大人しく拒否の言葉を口にするしかなかった。

「ごめん、急いでるから」

「付き合え、っつってんだろ」

 拒否されることなど想定外だったのだろう。
 声を荒げ、二の腕を引く。それだけで、元々軽い七瀬はたたらを踏んだ。

 体勢を崩したまま押し込まれたのは、何故か鍵が開いていた視聴覚室だった。

 七瀬の耳に、扉に鍵をかける音が異様なくらいに響いた。

 視聴覚室にいたのは、同じ不良グループの三年生だった。
 中央に、中でも一番体格が良く、不良グループのリーダーに納まっている男がいた。周りを十数人の不良少年たちが取り囲んでいた。

 逃げ道はなかった。

「戸山さん。こいつが大倉ッス」

 こいつが、という言葉には、二つの意味がある。
 一つは、その相手が初対面であること。
 そしてもう一つは、その相手が何らかの話題に登場した人物であること。

 目立たず穏便に暮らしてきた七瀬が、不良グループの話題の的になるなど、どう考えてもあり得ないのだが。

 嫌な予感に、七瀬はビクリと肩を揺らした。

「ふぅん。弱そうな奴だな。マジであのお屋敷の坊ちゃんなのかよ」

「間違いないッス。こないだ、あのお屋敷の前で、中に入って良くコイツを見ましたし。車で通学してるんッスよ」

「へぇ。生意気だな」

 身に覚えがあるだけに、七瀬はそっとため息を横に逃がした。
 あのお屋敷、というのが自分の家であることは紛れも無い事実だし、家の用事で朝や前の晩に野暮用があれば、車通学も余儀なくされる。
 普段は徒歩で通学しているが、どうしようもない用事も割りと頻繁なのだ。

 それにしても、中学生というのは恐いもの知らずである。
 そのお屋敷にどんな人間が住んでいるのかまでは、気にしていないらしい。

「しかし、コイツ。男かよ」

「女みてぇな顔しやがって」

「確かめてみねぇ?」

「付くモン付いてんのかって?」

 この中学は、小学校から学区持ち上がりで、同学年生はほとんど顔見知りなのだが、その同学年生が二人、両脇から七瀬を拘束した。

 そうして暴れられないようにした状態で、上級生たちが、口々に好き勝手に罵り、下卑た笑みを見せる。

 最初に七瀬の顎を掴みあげたのは、戸山と呼ばれたリーダーの少年だった。

「久々の獲物だ。楽しもうぜ」

 それこそが、魔の饗宴の始まりの合図だった。





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